第27話 次はもっと、饅頭寄越せですぅ~♪


 私たちが部屋へ戻ると、叔父さんが、


「その目……」


 と優夜ゆうやを見てつぶやいた。その後、ルリをにらむ。

 なに不味まずいことをした――と思ったのだろうか?


 ルリは私の後ろに隠れると、頭の後ろで手を組み、ピーピーと口笛を吹いた。

 私としては黙っていて、後でおどろかせようかと思ったのだけれど――


 どうやら、先に気付かれてしまったようだ。

 不味まずかっただろうか?


 しかし、叔父さんはそれ以上、なにも言う様子はない。

 私が優夜と契約することは分かっていたようだ。


 今はなにも、言うべきことはないと判断したのだろう。

 一方で女将さんは『掛け軸』を木箱に仕舞おうとしていた。


「待ってください!」


 と私は止める。そして、彼女の手を取り、


「女将さんは嫌われてなんていません!」


 と言った。

 妖精たちに聞いて回った情報によると、先代はきびしい人だったらしい。


 それがいつの間にか従業員たちの間で――二人は仲が悪いのではないか?――とうわさされるようになってしまう。


 女将さんもかげでそんなことを言われ、段々と先代を信用できなくなっていった。

 決定的となったのが、今回の騒動である。


 原因は『掛け軸』だったのだけれど――先代が幽霊となって意地悪をしているのではないか?――とうわさになっていた。


 妖精や精霊が存在するこの世界では、幽霊も居るというのが、普通の人の考え方のようだ。生憎と私はまだ幽霊に会ったことがない。


 思念の欠片かけらや思いの形が残るだけだ。人間とは不思議なモノで、周囲から言われ続けると、自分の中の真実をげてしまうらしい。


 今までは、妖精を『裏返す』ことを目的とした連中が故意こいに『黒い茨』を発生させていた。けれど、今回は人間社会で起こり得る普通の出来事できごとのようだ。


 女将さんは、自分が嫌われていて――女将には相応しくないのではないか?――と自信を失っていたようだ。繊細な人なんだと思う。


 誰かが――そんなことはないよ――と声を掛けてあげれば良かったのに……。


「これは先代からの贈り物です」


 と私は告げる。話を聞いて回った結果、どうやら昔、作家の先生がこの宿に泊まっていたらしい。旅館と妖精を題材にした作品を多く執筆したそうだ。


 贔屓ひいきにしてくれていたそうだけれど、筆を折ったようで――自分にはもう必要のない物だから――と言って『掛け軸』を置いて行ったという。


 私は、この旅館の妖精たちから聞いた話を女将さんにする。

 そして、彼女に未来の話をした。


「こういうのはどうでしょうか?」


 その作家さんが泊まった部屋を再現して、宣伝するのだ。

 幽霊が出る旅館ではなく、妖精と出会える旅館ということを売りにした方がいい。


 妖精に関する本をそろえて、その妖精に所縁ゆかりのある場所の地図を作る。

 他の旅館と協力して、この土地に住む妖精や妖怪を巡るツアーをしてもいい。


 夢見がちな子供の妄言かもしれない。

 けれど、妖精が見える私だから、つむげる物語がある。


 きっと朝美あさみも、優夜に普通の暮らしをして欲しかったのだと思う。

 だから、彼の霊力を持っていったのだろう。


 なにも告げずに旅立ってしまったことは問題だけれど、優夜の性格なら、付いてくると言いねない。自分の半身であり、一番の理解者でもある。


 だからこそ、彼女は言えなかったのだ。

 今だからこそ、私も気持ちは理解できる。


 彼のような優しい人のそばに自分がいることは、迷惑でしかない。

 ついそんな風に考えてしまう。


 自分がいなくなればいい――そんな結論に達するのは自然の流れのような気がした。人は誰しも、強い訳ではない。


 女将さんも、支えとしていた先代を失い、裏切られたような気持になったのだろう。彼女は考え込んだ様子で、しばらうつむく。


 私たちが黙って見守っていると、やがて顔を上げた。

 その表情は、まるでき物が落ちたようだ。


 目尻めじりに涙を浮かべている。どうやら、もう心配いらないらしい。

 ありがとうございました――とお礼を言われ、私たちは旅館を後にする。


「次はもっと、饅頭まんじゅう寄越よこせですぅ~♪」


 とはルリ。出してもらったお饅頭まんじゅうでは足りなかったようだ。

 私の分もあげたというのに余程、気に入ったらしい。


 困った妖精である。優夜にも姿が見えるようになったので、尚更なおさらずかしい。

 女将さんは最後に、


貴方あなたの娘さんに救われました」


 と叔父さんに頭を下げていた。私の視線に気が付くとニコリと微笑ほほえむ。

 よかった、どうやら私は女将さんを救えたようだ。けれど、そのことより――


「自慢の娘ですから……」


 そう言って、叔父さんが私の頭をでてくれたことの方が、すごうれしかった。

 今までも、私のことを大切にしてくれているのは分かっていた。


 けれど、初めて認められた気がする。

 その帰り道、嬉しかった私は、


「私ね……これから、もっと叔父さんの役に立つからね」


 と告げた。すると、


「まずは学校を頑張れ」


 とひたい小突こづかれてしまう。どうにも、上手くは行かないようだ。

 夕食時には皆に、優夜と契約したことを報告する。


 なぜか雪風ゆきかぜさんと狭霧さぎりさんは一瞬、目をせたように見た。

 けれど、ぐにいつも通りの二人に戻る。


「あらあら♡」


 と雪風さん。


「良かったじゃねぇーか」


 と狭霧さんが私の頭をワシワシする。

 いつもの二人だ。


 そのため――ちょっと変だな?――と思う程度で、気に留めもしなかった。

 普段の私なら、皆の様子が違うことに気が付いたのかもしれない。


 けれど、先程の旅館での仕事の成功が、私の気分を浮かれたモノにしていた。

 すでに日は沈み、夕食を食べ終わる頃にはすっかり暗くなっていた。


 叔父さんが散歩にさそってくれたので、私はさま――行く!――と返事をする。

 以前は夜が怖かったのに、おかしな話だ。


 この世界に来て、妖精との付き合い方が分かったからだろうか?


「叔父さん、私ね――もっと沢山、世界のことを知りたいの……」


 今、うなずいてさえくれたのなら――私のお父さんになって――と叔父さんに言える気がした。けれど、叔父さんは困った表情を浮かべる。


 ただ、手だけはしっかりとにぎってくれていた。

 優夜よりも大きい、大人の手だ。


 街頭の明りが幻想的に通りを照らし、日中とは違う雰囲気をかもし出していた。

 『なにか出て来そう』というより、すでに色々と見えている。


 温泉郷を流れる川があって、その橋の上で景色を眺めていると、


「お前は元の世界に帰った方がいい――」


 突然、叔父さんがそんなことを告げる。

 ただただ、訳が分からず、私は目の前が真っ暗になるのを感じた。

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