第26話 瑠璃唐草の方が百倍可愛いのですぅ~!


 烏丸からすま朝美あさみという少女はすでに、この世に存在しない。

 それが叔父さんの見解だった。


「正確には、生まれ変わっているだろう」


 『うつわ』と呼ばれていたことから、魂は妖精となって生まれ変わり、別のなにかが『彼女の身体の中に入っている』というのだ。


 『胡蝶こちょうがん』と呼ばれる瞳を持っているのが、その証拠だと言う。


優夜ゆうやに興味を持ったのは、魂の残り香のようなモノだ」


 叔父さんは朝美の存在を否定する。にわかには信じられない話だけれど、雷清らいしんさんは私を『妖精の女王ティターニア』と呼んだ。


「この世界には妖精に好かれる人間が存在する」


 新しい魂の入れ物として、朝美が選ばれたのだろう。

 本来、妖精や妖怪などはまとまりのない自由な存在だ。


 そんな彼らを集団としてまとめるために、女王のような存在が必要らしい。


「この世界を去ろうと考える連中もいる」


 しかし、この世界は妖精を必要としていた。不可視の存在を世界につなぎとめておくために、私のような存在が生み出される。


「世界に意思があるのかもしれない」


 と叔父さんは言っていた。

 本当に私がそうなのだろうか? 全然、そんな気はしない。


 幼少の頃より、優夜と朝美の霊力の高さはすぐれていた。

 それを知った本家は、優夜たちを引き取った。


 大きな屋敷での不自由のない生活。

 けれど、朝美の方は次第に体調を崩していった。


 私をふくめ、妖精との関りが強い人間にはよくあることらしい。

 この世への執着しゅうちゃくはなくなり、彼らの世界に意識が引っ張られてしまうようだ。


 それをつなぎとめることが出来るのは、愛する人との関りなのだろう。

 けれど、彼女は結局、向こう側の世界の住人になることを選んでしまった。


 気持ちとしては理解できる。

 私自身も時々、この現実と不可視の世界の境目さかいめが分からなくなる時があった。


 幼い子供なら尚更なおさらだろう。

 ついフラフラと行ったまま何年もの間、行方不明になるという事件も多い。


 本人は数時間、数日のつもりが、戻って来ると何年、何十年と経っていた。

 そして、自分のことを知っている人間は誰もいない。


 最初から――この世界にいなかった――という風に、世界に上書きされてしまうのだ。そういった人たちは『妖精の世界へ戻る』という選択肢を取ることになる。


 朝美も、その内の一人だったのだろう。

 妖精が見えない人間には、彼女の世界を理解できない。


 両親と引き離された彼女にとっては尚更なおさら、人とのつながりが希薄きはくになったようだ。

 ただ一人、双子の兄である優夜を除いては――


 そんな優夜も、朝美が消えてしまってからは、霊力がまったく使えなくなってしまった。


 朝美が優夜の霊力も持って行ったのか、精神的なショックによるモノなのかは分からない。もしかすると優夜の霊力は、彼女の能力の一端だったのかもしれない。


 結局、霊力を使えなくなった優夜は――両親の許へ戻った――という訳だ。

 勝手な話である。ただ、優夜の両親は喜んだそうだ。


 それだけが救いである。ただ、半身ともいえる妹を失った世界で、自分だけが彼女のことを覚えているというのは、どんな気持ちなのだろう?


 皆と同じように妹を忘れてしまっていいのか、それとも妹を探すべきなのか、迷った彼は叔父さんを頼ることにした。


 そして、私の面倒を見るように頼まれる。

 不愛想ぶあいそうで人見知り、可愛げのない私では、さぞかし迷惑だっただろう。


「こんな白菊しらぎくが妹の代わりで、すまないのですぅ~♪」


 とルリ。おいっ!

 優夜に聞こえてはいないのだろうけれど、私はルリに突っ込んだ。


 他人に言われるのと自分で言うのでは、イラッとする度合いが違うらしい。


「あのね――私は優夜で良かったよ……」


 うんん、優夜じゃなきゃダメなの――そう言って、私は彼の手を両手で握る。

 私だって叔父さんと雪風さんが親代わりだ。人間は足りないモノだらけだと思う。


 だからこそ、誰かがそれを埋めて上げなればいけない。

 人の強さも優しさも、勇気も愛も、誰かとのつながりがあるから、輝くモノなんだ。


「優夜は私のこと嫌い?」


 迷惑だったのなら言って欲しい。それなら、もうあきらめよう。

 元々、なにも持ってはいなかった。捨てるのは得意だ。


「そういう聞き方は卑怯ひきょうだと思う……」


 と優夜。なぜか顔を赤くして照れているようだ。

 また、変なことを言ってしまったらしい。首をかしげる私に対して、


「俺が言いたかったのは好きとか嫌いの話じゃない――俺がお前の……」


 『妖精ようせいもり』でいいのか、という話だ――彼は恥ずかしそうに告げる。

 なにを言っているのだろうか? 私としては、優夜以外の人は考えられない。


「これからも私のこと、守ってくれる?」


 私の問いに、


「今度こそ、守ってみせるさ」


 彼は答える。


「契約、成立なのですぅ~♪」


 とルリ。なにかが一瞬、光ったように感じた。

 いったいなにが起こったのだろうか?


 なにをしたの?――と私がルリを見ると、彼女は首をかしげる。


「へー、これが瑠璃るり唐草からくさか……」


 と優夜は言うと、


「お前たち、ソックリだな」


 と笑った。


「瑠璃唐草の方が百倍可愛いのですぅ~!」


 とルリは反論する。ひどい!……いや、それよりも、


「ルリが見えるの?」


 おどろく私に対して、優夜は微笑ほほえむ。

 どうやら、彼は私の『びと』になってしまったらしい。

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