第五章 妖精と少女の秘密

第23話 食べすぎぃ~♪ 太りすぎぃ~♪ 考えすぎですぅ~♪


 季節は秋をむかえた。雪風ゆきかぜさんのお腹も大きくなり、安定期に入る。

 私のお店での制服も半袖から長袖に変わり、クラシックなメイド服に変わった。


 また、狭霧さぎりさんを筆頭に、仲間たちが様子を見に来ることも多くなる。

 お店のカウンター席では、コーヒーを飲みながら、


「妖精の子供ってのは、花のつぼみや果実から生まれてくるんじゃないのか?」


 ほら、桃とか竹とか、有名だろ?――と狭霧さん。

 間違ってはいないけれど、例に挙げたのは物語の登場人物ではないだろうか?


 確か叔父さんは『人の想いから生まれることもある』と言っていた。


「あれって、妖精の話だったのですぅ~? 瑠璃るり唐草からくさかしこくなったのです!」


 と言ってルリは感心する。

 まあ、本人が納得しているのなら、それでいいだろう。


 ただ、医者がそんな適当なことを言っていいのだろうか?


「細かいことは気にするなよ」


 狭霧さんはそう言うと、私の頭をペチペチと尻尾で叩く。

 毎度のことだけれど、やめて欲しい。


 私が声に出そうとすると丁度、車の音が聞こえた。

 叔父さんが帰ってきたようだ。


 夏に海へ出掛けた時と同様に、ワゴン車をレンタルしてきた。

 これから温泉へと出発する。『人魚のほこら』のおじいさんに招待されているのだ。


 駆け落ちをしたなぎささんのお祖父さんとお祖母さんは、温泉街に身を寄せていたらしい。お祖父さんは修行をして、板前となったようだ。


 お祖母さんは仲居として勤めていたらしく、これから、その二人が働いていた旅館へと向かう。渚さんも、そこでバイトをしているそうだ。


 おじいさんたち兄弟は和解できたようで、その旅館へ遊びに来たこともあるらしい。

 渚さんの両親は共働きで、祖父母に面倒を見てもらっていた。


 そのため、怪我けがで入院したお祖父さんのために、仲直りをさせる行動に出たのだけれど、呪いを受けてしまったらしい。危ないところだった。


「仲直り出来て良かったね」


 私がルリに言うと、


「そんなことより、美味おいしい物はあるですか?」


 逆に質問される。どうやら、彼女にとっては、どうでもいいことらしい。

 今回の旅行は寧々子ねねこ和奏わかなはお休みだ。お土産を買って帰らないといけない。


 カランコロン♪――とドアベルが鳴った。優夜ゆうやが顔をのぞかせると、


「荷物を運ぶけど、手伝うのはある?」


 とたずねた。荷物は既に角の席にまとめて置いてある。

 私はクルリとターンを決めると、スカートの端をつかんむ。


 ちょっと遣り過ぎただろうか?


「似合っている、可愛いよ」


 と優夜。


清楚せいそで落ち着いた雰囲気がいいよね」


 そう言って微笑ほほえんだ。狭霧さんが先にお店に来てしまったのは誤算だったけれど、お店の制服姿で待っていた甲斐かいがあった。


「まさか、その格好で行く気か?」


 とは狭霧さん。今回は雪風さんのこともあるので、叔父さんが付いて来てくれるように頼んだらしい。


「ダメかなぁ?」


 私が首をかしげると、


「目立つ、一緒にいると恥ずかしい」


 TPOをわきまえろ――と狭霧さん。

 悪魔から、そんな言葉が出て来るのは不思議な気分だ。


「仲居VSメイドですぅ~♪」


 とはルリ。優夜は苦笑している。

 男の子はメイド服が好きだと聞いたのだけれど、違ったのだろうか?


「すぐにだまされる白菊、可愛かわいいですぅ~♪」


 そう言って、ルリは飛び回る。

 いや、ルリには言われたくないのだけれど……。


なんだ? そんな格好をして……早く着替えてこい」


 と荷物を取りにきた叔父さんが言う。

 雪風さんに荷物を運ばせる訳にはいかないので、叔父さんと優夜で荷物を運んだ。


 私は部屋に戻ると服を着替える。

 再び、お店のフロアへ向かうと準備はすっかり終わっていたようだ。


 叔父さんが雪風さんをエスコートしていた。

 優夜は待っていてくれたようで、


「荷物は?」


 と私に確認する。持って行くのは着替えくらいだ。まとめて置いていたので、既に車へ運ばれていた。大切なモノはリュックに入っている。


「大丈夫だよ」


 私は答えた後、手を差し出す。

 優夜は苦笑すると、その手をにぎってくれた。そして、


「後で時間をもらってもいいか?」


 と改まって私にたずねる。なんの話だろう?


「いつでもいいけど?」


 私の返答に――ありがとう――と優夜は返す。変な優夜だ。


「おい、行くぞ」


 と狭霧さぎりさん。ルリも、


「遅いと置いて行くのですよ?」


 と告げる。私たちは急いで、お店を後にした。

 叔父さんは黙って戸締りをする。向かうは温泉旅館だ。


 途中、立ち寄ったサービスエリアでルリが『あれを食べたい、これを食べたい』とうるさかった。私としても、初めてのサービスエリアで少し、はしゃいでしまう。


 また、山の紅葉もすっかり始まっていて、道中は秋の雰囲気となっていた。

 後で写真をって、寧々子と和奏に送ってあげよう。


「やれやれ、なんとか無事に着いたな……」


 と狭霧さん。途中で運転を叔父さんと代わっていた。

 車から降りると――う~んっ!――と背伸びをする。


 こうして見ていると、まったく悪魔っぽくない。

 一方で叔父さんは甲斐かい甲斐がいしく、雪風さんの世話を焼いている。


 お店ではそんな素振りを見せないのに、今日は甘々だ。

 いや、私のことをけているのかもしれない。


 やはり、自分の子供の方が可愛いのだろうか?

 私は要らない子になってしまう。


 つい、そんなことを考えてしまった。


「食べすぎぃ~♪ 太りすぎぃ~♪ 考えすぎですぅ~♪」


 とルリ。考えすぎなのは分かっている。

 叔父さんも雪風さんも、私のことを大切にしてくれていた。


 だからこそ――『お父さん』『お母さん』と呼んだ方がいいのかな?――と思う時がある。


「いや、食べすぎなのはルリだから……」


 私がそう返すと、


「デブが怒ったですぅ~♪」


 とルリ。たまに本気で怒りたくなる時がある。

 む~っ! と私は頬をふくらませた。すると優夜が、


「どうした? そんなにむくれて……」


 そう言って、私の頬をつつく。


「ひゃうっ!」


 おどろく私。その後、溜息をいて肩を落とすと、


「そ、そんなに太ったかなぁ?」


 と優夜を見上げる。自然と指をモジモジとさせてしまう。

 最初、彼は首をかしげたが――ああっ――と理解したようで、


「初めて会った時はせていたからな……」


 今ぐらいで丁度いいんじゃないのか?――そう答える。


「だよね! だよね!」


 と私。けれど、


「バーカ……男はその辺、甘いんだよ」


 気付いた時には手遅れだぜ――と狭霧さん。続けて、


「ま、お前の場合は筋肉をつけることだな」


 そんなことを言うと、私をくすぐった。


「キャハハハッ! や、やめてぇ……っ!」


 と身体からだ強張こわばらせる私。けれど、手加減する気はないようだ。


「おっ! やっと元気になったか……」


 と狭霧さん。どうやら彼女なりに、私に元気がないのを気にしていたようだ。

 でも……これ、元気違う!


「ひっー、やめ、やめてぇ~!」


 秋の温泉郷に私の声が木霊こだました。

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