第20話 しっかりと私だけを見て歩くのですぅ~♪ お尻フリフリ♪


「大丈夫なのですぅ? 次に来たら瑠璃るり唐草からくさが追っ払ってやるのですぅ~♪」


 とルリ。私の顔の前で胸を張る。

 後ろに隠れていたくせに、どの口が言うのやら。


「そんなことしなくても、大丈夫だよ」


 私は作り笑いをする。

 一方でなぎささんが不安そうに私たちを見ていた。


 彼女は人魚なので、今の遣り取りはすべて見聞きしていたはずだ。

 不安にさせてしまったのなら申し訳ない。


白菊しらぎく、大丈夫か?」


 と優夜ゆうや。立ち上がろうとしたので、私は手を貸した。


「心配するな、少し立ちくらみがしただけだ……」


 優夜は強がる。確か、霊的な能力ちからを使いすぎると魂の形が変わって、異形の姿になるのではなかっただろうか?


 魔法使いなども、魔法に失敗すると異形の姿になると聞いたことがある。


「そんな顔をするな」


 そう言って、優夜は人差し指で私の額を小突こづいた。

 そして、上を指差すと、


「それより、急いだ方が良さそうだ」


 と告げる。空を見上げると、暗雲が立ち込めていた。


「落雷でもあると危ない」


 それは私への心配だろうか? もう少し、自分のことも考えて欲しい。言葉にはしなかったけれど、彼のその瞳は――行くんだろ?――と私に問いかけている。


 雷清らいしんさんに言われたことが気になるは確かだ。

 でも、今は目の前にあることをなんとかしよう。


 勝手なことをしたので、叔父さんには後で怒られるのかもしれない。

 その時は優夜も一緒に怒られてもらおう。


「どの道、雷は落ちるのか……」


 と優夜はつぶやく。最初はフラフラとしていた動きだったけれど、彼は次第にしっかりとした足取りに戻る。


「ちょっと、見て来るから待っていてくれ……」


 と岩場の奥へと歩いていった。


「カッコつけですぅ~♪」


 とルリ。私と渚さんは――大丈夫かな?――とお互いに顔を見合わせた。

 優夜は思ったよりも、ぐに戻ってくる。


れるけど、こっちから行けそうだ」


 と海の方を指差す。私が渚さんを見ると、彼女はうなずいた。

 『急いだ方がいい』という雷清さんの残した言葉が気になるのだろう。


 『人魚のほこら』へ行くことを決意したようだ。

 私がコクンとうなずくと、優夜が私の手を取りにぎってくれた。


「ラブラブですぅ~♪」


 とルリが揶揄からかう。優夜に手を引かれるまま、私が進むと、


「少し海に入るぞ」


 一度立ち止まり、彼は振り返って確認した。私たちはうなずく。

 渚さんだと、膝丈ひざたけくらいの深さだ。


 けれど、私にとってはそれよりも深い。

 波のれ具合によっては腰までれてしまう。


 時折、岩に当たって出来たみず飛沫しぶきが風で飛んでくる。

 そのため、結局は全身がれてしまった。


ひどい目にあったのですぅ~」


 とルリ。飛んで回避していたため、れてはいない。

 私は先に陸へ上がった優夜に引き上げてもらう。


 ありがと♡――と優夜にお礼を言った後、


「渚さんは大丈夫ですか?」


 そう言って渚さんを見ると、彼女の姿が変わっていた。

 人魚といっても、下半身が魚な訳ではない。


 身体の一部にうろこひれが見え隠れしているくらいだ。

 辿たどり着いた場所は湾のようになっていて、入江が続いている。


 波や風は穏やかなようだった。


「恐らく、こっちに洞窟どうくつがあると思う」


 と優夜。比較的、浅瀬になっている場所に立った。

 さすがに海の中を潜っては確認していないようだ。


 私としては海の中ではなく、別の場所から嫌な気配がする。

 そのことを二人に告げると、渚さんは少し考え込んでしまった。


「海の中にほこらがあるというのは、うそかもしれないな……」


 と優夜。本当の場所を隠すために――にせの情報を流しているのかもしれない――と思ったようだ。確かに、遊び半分で近づかれても困る。


 えて海の中にほこらがあるとすることで『ここで足を止めさせる』というのは十分に考えられた。


「あの辺りかな?」


 私は岩場の方を指差す。すると渚さんは、ちょんちょんと私の肩をつついた。

 私が振り向くとなにを思ったのか、彼女は海に足を浮かべた。


 『立っている』と言った方がいいだろうか? 普通に海面を歩いている。

 そして、私たちへと手を伸ばす。先に優夜が手を取り、海へと足を入れた。


 すると不思議なことに、海面へ立つことが出来た。

 渚さん同様に、海の上を歩けるようだ。ちょっと、面白そう!


 次は私の番だ。優夜が伸ばした手を取ると、海へと足を入れる。


「おおっ! 沈まなかったのですぅ~♪」


 とルリ。私を『落ち担当』だとでも思っているのだろうか?

 無事に海の上を歩くことが出来た。


 今度は渚さんが先頭を歩き、私が指差した岩場へと向かう。

 波の音が変わり、チャプチャプとはっきりした音が聞こえる。


「下が空洞になっているみたいだな」


 と優夜。どうやら、潮の満ち引きで洞窟が現れる仕組みなのかもしれない。

 渚さんが目をつぶり、深呼吸をすると水位が下がり始める。


 まるで天然のエレベーターだろうか?

 私たちを中心に、そこだけ水面が沈んで行く。


 やがて、目の前には洞窟が現れる。

 嫌な気配が一気に強くなった。


 どうやら『人魚のほこら』はこの先で間違いないようだ。


「ルリ、お願いしていい?」


 私の言葉に、


「まっかせるですぅ~♪」


 とルリ。先に洞窟へ入ると、キラキラとした光の粉をく。

 妖精の粉だ。目に入ると眠くなるので注意が必要となる。


 洞窟に明かりがともった。しかし、優夜に見えないようだ。


「今度は私が手を引いて上げる」


 と言って、彼に微笑ほほえんだ。


「しっかりと私だけを見て歩くのですぅ~♪ お尻フリフリ♪」


 とルリ。私の真似まねだろうか? 別にお尻は振っていない。

 恥ずかしくなるので、やめて欲しい。


「例の雑木林の下みたいだな……」


 しばらく歩くと、優夜がそんなことをつぶやいた。

 同時に明るくなってきた。


 上から陽光が差しているようだ。どこかに抜け穴があるのだろう。

 ほこらは洞窟の奥にまつられていた。


 しかし、一瞬にして暗くなると――ドカンッ!――と地面を揺るがす大きな音が響いた。


「うひぃ~っ!」


 とルリが私にしがみ付く。私も――きゃっ!――と短い悲鳴を上げた。

 ビカビカッと光が点滅する。


「どうやら、雷が落ちたようだな……」


 近いようだ――と優夜。ゴロゴロと音が聞こえた。

 ぐに明るくなったことから、なにかの術だったのかもしれない。


 ひょっとして、叔父さんが戦っているのだろうか?


「それなら、心配はらないだろう」


 と優夜は笑みを浮かべる。私って、そんなに分かりやすいのだろうか?


「今は自分たちの心配をしよう」


 そんな彼の言葉に私は、


優夜ゆうやが一緒だから、怖くないよ?」


 と首をかしげた。薄暗いので、はっきりとは見えないのだけれど、照れているのだろうか? 優夜は口元を手でおおい、視線をらした。


「耳まで真っ赤ですぅ~♪」


 とルリ。それはちょっと見たい。一方で渚さんは笑っているようだ。私は優夜をもっと明るい場所に連れて行こうとしたのだけれど、あることに気が付く。


 ほこらの前で誰かが倒れていた。おじいさんのようだ。

 駆け寄ろうとする私を、優夜が手でさえぎった。


 私はゆっくりと首を横に振って、その手を降ろさせる。

 倒れているおじいさんの身体を『黒い茨』が締め付けていたからだ。

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