第19話 ハゲを利用した恐ろしい計画ですぅ~!


 目の前の黒髪の少女と優夜ゆうや――

 いったい、どういう関係なのだろう?


 いつもだったら色々とうるさいルリも、今は大人しくしている。

 雷清らいしんさんは、


「ただ、彼女の場合は自分の意思で、この世界を捨てて……」


 『うつわ』になることを選んだようですが――と語る。

 どうやら、少女の中には別の存在が入っているようだ。


「俺には双子の妹がいたらしい」


 とは優夜ゆうや。彼は私たちをかばう姿勢をくずさない。

 その台詞せりふから、優夜の記憶も曖昧あいまいなようだ。


 『私と同じ』ということは意味から――この世界から消えた少女――ということになるのだろう。人々の記憶から消えてしまった少女。


 月日の流れと共に『この世界には存在していなかった』と上書きされてしまったようだ。優夜と双子ということで、彼とは特別なつながりがあるのかもしれない。


 この世界で優夜だけは、少女の存在を覚えていたようだ。

 彼が『妖精守ようせいもり』になったことと『関係がある』と考えていいだろう。


 物凄ものすごく気になるけど――

 今は悠長ゆうちょうに聞いている場合ではない。


 朝美あさみと呼ばれた少女は黙って、こちらを見ていた。

 『うつわ』となりつつも、少女はいまだ、優夜の記憶を持っているように見える。


 その瞳が少しだけ悲しそうに、私には見えた。

 同時に、瞳の片方には蝶をかたどったような模様があるのを見付ける。


 以前、叔父さんが『胡蝶こちょうがん』と言っていたのを思い出す。

 先程の光る蝶といい、私が今までに関わってきた事件と関係あるようだ。


「今は『人魚のほこら』に急いだ方がいいのでは?」


 この方に頼まれたので、お連れしただけですから――と雷清さん。

 彼は最初の言葉通り、私たちに敵対する気はないようだ。


 今はまだ、すべてを話す時ではないらしい。


「ど、どうするのですぅ~?」


 ルリが不安そうな口調で私にたずねる。私は意を決すると、


「ひとつだけ教えて……」


 と雷清さんに告げた。その言葉に、


なんでしょうか?」


 彼は返してくれる。答えてくれる意思はあるようだ。

 会ったのは二度目だけれど、どうにも好意的な気がする。


「お寺でなにをしていたの?」


 少女の正体、彼の目的、『人魚のほこら』とは?

 色々と確認したいことはあった。


 でも今は、彼を知ることの方が重要な気がする。私の問いに対して、


「ああ、あれは――」


 と雷清さん。勿体もったいぶるのかと思っていたけれど、素直に教えてくれるらしい。


「一つは『妖精の薬壺やっこ』を寺に持って行くことが目的でした……」


 わたしの趣味ではありませんが――と彼は肩をすくめる。

 どうやら、あのつぼは元から寺にあった物ではなく、持ち込まれた物だったらしい。


「『毛生え薬』と引き換えに、子供の一人でも行方不明になってくれればいい……」


 という上の判断ですよ――と雷清さん。

 あのお寺は確か『ハゲ寺』とも呼ばれていた。


 『髪の毛が欲しい』という願いが集まる場所だ。

 勘違いをした妖精が取引する可能性は十分にあり得る。


 そして、近くには保育園もあった。

 もし本当に子供が消えてしまった場合――


「つまり『桜の精』に罪をなすり付けて……」


 彼女を『裏返す』つもりだったようだ。


「ハゲ、こえーですぅ~」


 とルリ。なにか違う気もする。更にルリは続けて、


「ハゲを利用した恐ろしい計画ですぅ~!」


 とふるえる。ハゲた人の分だけ、子供たちが消える。

 確かに『恐ろしい計画』であることには違いない。


「はい、『裏返す』ことが目的です――また……」


 あの寺の評判を落とすことにもつながりますからね――と雷清さん。

 自分の立てた計画ではないからだろうか?


 失敗したというのに然程さほどくやしそうに聞こえない。しかし、彼は妖精たちを使って、世界の在り方を変えようとする連中の仲間らしい。


 ただ、それにしては私なんかに、色々と話し過ぎではないだろうか?

 雷清さんは、


「『ハゲ寺』などと呼ばれてはいますが、人々の思いや願いを集める場所は……」


 我々には厄介な場所なのですよ――と苦笑する。

 けれど、その表情は、まるで私に話すことが楽しいようだ。


 ますますって、彼の目的が分からない。


「混乱させてしまったようで申し訳ありません」


 雷清さんは謝ると、


「わたしの目的は、この世の中を『自由に力の振るえる世界にする』ことです」


 その一点にいては、組織に協力できたのですが――雷清さんはそう言うと、朝美を抱き上げた。そして、


「今はあなたに協力する方が、楽しそうだと考えています」


 と答えた。どういうことだろうか?

 まるで組織を裏切って『私に味方をしてくれる』と言っているように取れる。


「『妖精の女王ティターニア』――あなたのその能力ちからは……」


 あなたが思っているよりも遥かに強力なモノなのです――と雷清さん。

 鬼という種族にも、色々と種類はあるけれど、彼の興味は『強さ』にあるようだ。


「この短期間で、あなたは多くの妖精を味方につけている」


 雷清さんは――素晴らしい――といった表情で私を見詰めた。

 確かに叔父さんの所に相談に来る人間や妖精たちは多い。


 彼らと関わることで、多くの存在と仲良くなった。


「あなたが、いつか人を憎むようになれば、それだけで多くの妖精が……」


 精霊が、天使や悪魔でさえ、人類の敵になる――そう言って雷清さんは笑う。


「戦うなら強者、弱者をだま甚振いたぶるよりも面白い」


 そこまで言うと二人の姿は忽然こつぜんと消える。最後に、


「さあ、その人魚も助けてあげてください」


 そんな言葉だけを残して、完全に気配がなくなってしまった。

 ずっと気を張っていたのだろう。


 優夜は『いん』を解除すると、その場でひざく。

 ひどく消耗してしまったらしい。


 今更ながら話を引きばしてしまったことに、私は後悔した。

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