第18話 そんなこと、考えている場合じゃねぇですぅ~


 やっと着いた。バイトのお兄さんが言っていた海岸のはし

 見えているのに、なかなか辿たどり着かないので、帰ろうかと思ってしまった。


 砂浜を延々と歩いた気がする。

 けれど、優夜ゆうやなぎささんは平気そうだ。


 どうやら、疲れているのは私だけらしい。

 ルリはもう海にきたのか、私の頭の上で眠っていた。


 いい気なモノである。

 ここから先はゴツゴツした岩場になっていて、歩きにくくそうだ。


 最初に感じた嫌な気配が、強くなっている気がする。

 渚さんの反応がなければ、私たちもぐに戻った方がいいだろう。


 向って左側は険しいがけになっていて、その上に例の雑木林がある。

 私たちでは登れそうにない。


 当然、右側は海が広がっている。波が岩に当たる度、みず飛沫しぶきが上がった。

 同じ海なのに、海水浴場と違って流れも速そうだ。


 小学生じゃなくても、ここで泳ぐのは、やめた方がいいだろう。


「もともと、泳げないのですぅ……」


 ふぁ~っ!――と欠伸あくびをするルリ。

 寝起きだからなのか? それとも、嫌な気配を感じているからなのか?


 いつもより、若干大人しい気がする。

 バイトのお兄さんの話だと、海の中に洞窟どうくつが見えることがあるらしい。


 その中に『人魚のほこら』があるとうわされているようだ。

 どう考えても、小学生の私たちには、これ以上進むのは難しい。


 一度、叔父さんに報告するのがいいだろう。


「戻って来ていれば、いいのですぅ~」


 とルリ。言葉通り駐車場に向かったようには見えなかった。

 確かに、こういう時は戻って来ていない可能性の方が高い。


 せめて、岩場を登って、様子だけでも確認するべきだろうか?

 そんなことを私が考えていると、


「待てっ!」


 と優夜。やや強い口調で私の前をさえぎるように立つ。

 そして、がけの方をにらんだ。


 優夜の勘は鋭い。なにかあるのだろう。

 ルリがいつの間にか移動して、私の肩の辺りに隠れている。


「気付かれてしまいましたか」


 と男性の声がした。けれど、姿は見えない。

 不思議と聞き覚えのある気がする。


 優夜が指を立て『いん』のようなモノを結ぶと霊力のかたまりが飛ぶ。

 同時に――パリンッ!――とガラスが砕けるような音がした。


 目の前の景色が壊れる。

 いや、この場合は『隠れていた存在が姿を現した』と言った方がいい。


 がけへと続く岩場の上に、二人の人影が現れる。

 一人は二十代の青年だろうか? どこか見覚えがあった。


 もう一人は私と同じくらいの少女だ。

 黒髪に着物をまとった日本人形のような風貌ふうぼうをしている。


 なにかが頭の中で引っ掛かった。

 そう言えば、寧々子ねねこのお爺さんの話に出て来たような気がする。


 ただ、それだと年齢が合わない。


「お二人とも、ひさりですね……」


 この短期間で、ここまで成長するとは――と青年。

 私たちのことを知っているようだけれど……。


 ひたいからは二本のつのを生やしている。鬼のようだ。


雷清らいしん……だな」


 とは優夜。『いん』を結んだまま、私たちの周囲に結界を張る。

 同時に、私と渚さんに下がるように合図を出した。


「雷清さん?」


 優夜のつぶやきに、私は反応する。

 確か以前、護望寺を訪れた際に出会った僧侶の人だ。


 あの時は好青年といった印象だった。

 けれど、今は雰囲気がガラリと変わってしまっている。


 服装のせいだけではないだろう。

 悪い感じの人になってしまっている。


 いや、鬼なので、これで問題ないのかもしれない。


「まあ、そんなに警戒けいかいしないでください」


 危害を加えるつもりはありませんから――と見た目に反して、口調は丁寧だ。

 逆にそれが、かえって気持ち悪い。


 そもそも『警戒するな』というのは無理な話だろう。


「今のわたしの任務は彼女の護衛ですよ」


 本当は上で戦いたかったのですが――と雷清さんは残念そうに溜息をいた。

 上で戦う? 私は首をかしげた。


 けれど、その相手が叔父さんだということに、ぐに思い当たる。

 戦っている相手は雷清さんの仲間だろうか?


「わたしとしては、こういった搦手からめては好きではないのですが……」


 組織の老人たちはうるさくてかないません――そう言って、雷清さんは苦笑する。

 どうやら、間違いないようだ。


 お寺で『桜餅』を出してくれたのも彼だろう。

 どおりで、ルリの分も用意してあった訳だ。


なにが目的だ!」


 とは優夜。いつもの優しい彼からは、少し想像できない。

 物怖ものおじしない態度は、ちょっとカッコイイと思ってしまう。


「そんなこと、考えている場合じゃねぇですぅ~」


 とルリ。確かに、今は相手が悪い。


「落ち着いてください、わたしは護衛ですよ……」


 優夜くんと同じね――雷清さんはそう言って、少女の方を見る。

 どことなく優夜に似ていると思ったのは私の気のせいだろうか?


「いえ、気のせいではないと思いますよ」


 雷清さんはそう言うと、少女に向かって歩き、その手を取る。

 そして岩場から、そっと降ろした。


「わたしも聞いているだけですが、あなたと一緒のようですね」


 白菊しらぎくさん――と雷清さんは私を見た。

 少しだけ、彼が悲しそうな表情をした気がする。


 また、考えを読まれてしまったけれど、今はそこじゃない。

 この少女は優夜と関係があって、私と同じだという。


「もしかして、朝美あさみか……」


 と優夜がつぶやいた。

 知り合いというには、二人の態度はおかしい。


 少女の方は、どこかうつろな様子だ。

 意思のようなモノを感じない。


 一方で優夜にいたっては初対面のように見える。

 私に対しては、いつも優しいお兄ちゃんといった感じの彼。


 けれど、今は珍しく戸惑っているようだ。

 いったい、どういうことだろうか?

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