第四章 妖精と少年の過去

第17話 瑠璃唐草は虫じゃねぇーのですぅ?


「あの『かき氷屋』が怪しいわよ!」


 当然、アタシはイチゴね――と和奏わかな

 完全に食べるのが目的のようだ。


「レモン……」


 ニャピンッ!――と寧々子ねねこが獲物を狙う目付きをする。

 『猫憑ねこつき』だけれど、柑橘かんきつ系は大丈夫なようだ。


 確かに気分転換は必要だけれど、なぎささんの手掛かりを探す気はないらしい。

 二人とも自由である。


 近くには『海の家』や『レストラン』があるけれど、人でいっぱいだ。

 小学生だけで近づかない方がいいだろう。


瑠璃るり唐草からくさはグレープがいいのですぅ~♪」


 買って欲しいですのっ!――とルリが私の耳を引っ張る。

 痛いので、手で払ったけれどけられる。


「瑠璃唐草は虫じゃねぇーのですぅ?」


 そんなことを言って、私の顔の前を8の字を描くように飛ぶ。

 やれやれ、お昼を食べたばかりだというのに、まだ食べる気のようだ。


「ごめんなさい」


 と私は渚さんに謝る。彼女はニコリと微笑ほほえんだ。

 記憶がないし、声も出せない。不安なはずなのにすごいな。


 この世界に来た時、私はどうだったろうか?

 よく誰かに手を引かれていた気がする。一人では歩くことも怖かった。


 それが理由ではないけれど、私は渚さんと手をつなぐ。

 ただ、はたから見た場合、私が手をつながれているようにしか見えないだろう。


 人が多いので来てみたけれど、渚さんの様子から、ここは関係ないようだ。


「で? 二人は……いや、三人はなににするんだ?」


 と優夜ゆうや。どうやら、ルリの分も買ってきてくれるらしい。

 彼は私たちに席を取るように言うと、寧々子たちと一緒に列に並ぶ。


 待っている間、私は渚さんとお話をする。

 とは言っても、彼女は言葉が話せないので、私が一方的に話しているに過ぎない。


 はて? 私はこんな性格だっただろうか……。

 人見知りで、優夜がそばに居てくれないと、外出も出来なかった。


 友達が出来るだけで、人は変わるらしい。


「待たせたわね」


 と和奏。寧々子も一緒だ。急にさわがしくなる。


「あれ? 優夜はそれにしたの……」


 私が迷っていた方のヤツだ。

 マンゴーを頼んだのだけど、ピーチも食べてみたかった。


 ちなみに、渚さんはメロンだ。皆、好みが別れる。


白菊しらぎくが迷っていたからな……」


 と優夜。


「じゃあ、私のも食べていいよ♡」


 私たちは、お互いに食べさせあう。


「ごめんなさいね、こういう二人なのよ」「目の毒……」


 和奏と寧々子は渚さんになにやら謝った。

 私としては普通にしているつもりなのだけれど、なかなか上手く行かない。


「瑠璃唐草にも寄越すですぅ~♪」


 はいはい、交換ならいいよ――とルリを相手にする。

 普通は凍死する量だと思うのだけれど、大丈夫だから不思議だ。


 他の妖精はどうなのだろう?

 ふと気になって周囲を見渡したけれど、ルリ以外の妖精の姿は見当たらなかった。


 人の多い場所には、それなりにまぎれているはずなのに……

 やはり、この土地の呪いと関係がありそうだ。


 そんなことを考えていると、ヒラヒラときらめくモノが目に付いた。

 蝶々ちょうちょう?――私は首をかしげる。


 光る蝶などいる訳がない。魔法か妖術だろうか?

 なにやら、私を見ている気がする。皆には見えていないようだ。


 ただ、ルリの反応からして、彼女にも見えていない可能性がある。

 下手にれない方がいいだろう。


 無視しようと思った矢先、優夜に止まろうとしたので、咄嗟とっさに手を伸ばしてしまった。


「どうした?」


 と優夜。いつもの至近距離だけれど、急に恥ずかしくなって固まる。

 体勢をくずした私はそのまま、倒れそうになった。


 当然のように彼が受け止めてくれる。


「そういうのは、アタシたちの目の届かない所でやってよ」


 やーねぇ――と和奏。

 どうやら、私が優夜に抱き付いたと思われたようだ。誤解ごかいである。


なにか見えるのか?」


 と優夜は私に確認する。コクリとうなずく私。

 伸ばした手を引き戻すと、同時に蝶が逃げ出す。


 透り抜けた?

 しっかりとにぎっていたはずの手を蝶はヒラヒラと羽搏はばたき逃げて行く。


 なんだったのだろうか?

 優夜は不思議な顔をしていたけれど、私にも分からない。


 トクンッ――と心臓のねる音が聞こえる。

 そう言えば、両肩を未だに、優夜に抱き締められていたのだった。


「ご、ごめんなさい……」


 そう言って、うつむく私に、


「いいさ……でも、なにかあるのなら教えてくれ」


 と優夜は言う。いつからだろうか?

 その言葉が嬉しくなったのは――


 この前までは――また、迷惑を掛けちゃってるかな――と不安になっていたのに、今は安心する。


「ちょっとー、人魚の手掛かりを探すんじゃなかったの?」


 お二人さん!――と和奏。なにやら機嫌が悪いようだ。

 まあまあ、と寧々子がなだめてくれている。そこへ、


「『人魚のほこら』かい?」


 と店員……いや、バイトのお兄さんだろうか?

 いかにも『夏休みに地元へ帰ってきました』という感じの人だ。


「海岸の突き当りにあるらしいけれど、危ないから子供だけで行かないでね」


 と声を掛けてきた。

 詳しく教えて欲しい――と頼むと、


「いや、オレも詳しくは知らないけど……」


 海の中に洞窟があって、人魚の魂をしずめているらしいよ――そんなことを教えてくれた。私がお礼を言うと、


「食べ終わったのなら、それ、回収するよ」


 と『かき氷』を指差す。

 まだ、食べています――と答えようとしたのだけれど、空になっていた。


 どうやら、ルリが食べてしまったらしい。

 目を泳がせ、ピーピーと口笛を吹いて誤魔化ごまかそうとしている。


 大人しいと思ったら、このは……。

 私はバイトのお兄さんに容器の回収をお願いした。


「で、どうするの?」


 と和奏。私は少し考えると、


「行ってみるよ」


 と答える。悪いけど、寧々子と和奏には雪風ゆきかぜさんの所に一度、戻ってもらうことにした。


(さっきの蝶も気になるけれど……)


 人魚とは関係がなさそうなので、先にほこらとやらを探した方が良さそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る