第15話 こっちは海のはずなのに、何だか甘ったるいわよ……


 砂浜の上を歩いて――熱いっ!――と私たちは、キャッキャッとはしゃぐ。

 叔父さんはレンタルしてきたビーチパラソルとテーブルを設置していた。


 どうやら、雪風ゆきかぜさんとのんびり過ごすようだ。

 一方で優夜ゆうやは私たちの御守おもりだ。ある意味、一番大変そう。


白菊しらぎくは手が掛かるのですぅ~」


 とルリ。その台詞セリフに――納得いかない――というのもあるけれど、いつの間にか、彼女も水着に着替えていた。不思議である。


なんでもありだな妖精……)


 叔父さんの設置作業が終わると、雪風さんに荷物をあずかってもらい、和奏わかなは早速、服を脱ぎ始めた。私同様、下に水着を着ていたようだ。


 当然、寧々子ねねこも同じだ。雪風さんは脱いだ服をたたんでくれている。

 私としては海に入る気はないので、水着になるべきか迷ったのだけれど……。


 まあ……折角、買ってもらったのでは仕方がない。

 一度、優夜を見た後、私は服を脱いで水着姿になった。


「似合ってるじゃないか」


 と優夜。私が目配せしたのもあるけれど、言うタイミングを見計らっていたのだろう。


「ありがと」


 と私は素っ気ない態度をよそおい、お礼を言う。

 一方で叔父さんは目つきを鋭くして、海岸のはしにある雑木林を見ていた。


 防風林だろうか? 確かに、変な気配を感じる。

 私の視線に気が付いたのか、叔父さんは、


「あまり近づくなよ」


 とだけ忠告した。うるさく言うのは『逆効果だ』とでも思ったのだろう。

 優夜と寧々子は私たちの会話の意味を理解したようだ。


 けれど、和奏は首をかしげていた。

 私たちは準備運動を済ませ、海へと向かう。


 砂浜はあんなに熱かったというのに、海の水は冷たい。

 波が寄せたり、引いたりするさいに足へと伝わる砂の感触が面白かった。


油断ゆだん大敵たいてきなのですよ!」


 とルリ。私から素早く離れた瞬間、顔に水が掛かった。冷たい……。


「あははっ、ボーッとしているからよ」


 とは和奏。どうやら彼女が犯人のようだ。

 ピチャピチャと申し訳程度に寧々子も私に水を掛ける。


 やったなぁー!――と反撃する方がノリはいいのだろう。

 ちょっと、苦手だけれど挑戦する。


「や、やったなぁ?」


 私は水を掛けようとしたけれど、


「遅い、こっちよ」


 すでに和奏は走って距離を取っていた。

 追いかけようと思ったけれど、膝の辺りの深さの場所で、私は怖気づいてしまう。


「どうやら、アタシの勝ちね」


 と和奏。オーッホッホッホッ!――と高笑いをする。

 そんな笑い方、今まで一度もしたことなかったくせに……。


 ちょっと、イラッとしてしまう。

 しかし、対抗する手段が思い付かない。優夜は、


「ちょっと、待っていろ」


 そう言うと砂浜に戻ってしまった。


「あら、見捨てられたのかしら?」


 と和奏が楽しそうに水を掛けてくる。うう、すっかりれてしまった。

 体力的に向こうの方が有利だ。私と寧々子で反撃するも、波が怖い。


 泳げない私と違って、寧々子の場合『猫憑ねこつき』が影響していそうだ。


「ほら、これで大丈夫だろ?」


 いつの間にか戻っていた優夜。

 どうやら、叔父さんが浮き輪をふくらませていてくれたらしい。


 それを取りに行っていたようだ。

 これでおぼれる心配はない。不格好ぶかっこうかもしれないけれど、私は浮き輪を装着した。


 寧々子にはビーチボールを渡す。うにゃ♡――と反応する辺り、猫っぽい。

 少しくらい深い場所に入っても大丈夫だ。


 しかし、そう思っていた矢先、強い風が吹いて後ろに飛ばされそうになる。

 浮き輪を付けている分、風の影響を受けてしまうらしい。


「おっと……」


 と優夜が私の両肩をつかみ、後ろから支えてくれた。


「ありがと♡」


 危なく転んでしまうところだった。微笑ほほえむ私に対し、


「どういたしまして」


 と優夜が返す。これでようやく――反撃できるかな?――と思っていた時だった。


「アタシの負けだわ……」


 と和奏。すっかり、やる気を失くしてしまっている。


「彼氏とイチャイチャオーラの勝利なのですぅ~♪」


 とルリが戻ってくる。今まで、どこに居たのだろう?

 それよりも、彼氏とイチャイチャって……。優夜と目が合う。


 そりゃ、男の子の水着って、下だけだから裸みたいなモノだけれど……。

 急に意識してしまう。今まで気にならかったのに不思議だ。


 なんだか恥ずかしくなってしまい、私はうつむいた。

 身体はれているというに、なんだかポカポカする。


「こっちは海のはずなのに、なんだか甘ったるいわよ……」


 ちょっと、休憩きゅうけいする――そんなことを言って、和奏は海から出てしまった。


「戦いとは、むなしいモノなのですぅ~♪」


 とルリ。私の頭の上に乗ると、


「さあ、お惚気のろけ白菊号、大海原に向かって発進なのですぅ~♪」


 と沖を指差す。別に惚気のろけてないし、発進もしないよ?

 でも……折角せっかく、優夜が浮き輪を持ってきてくれたのだ。


 使うのはやぶさかではない。

 一度、浮き輪を外し、海の上に浮かべると、私はその上に座った。


 そんな私の意図を理解してくれたのか、優夜が浮き輪を引っ張ってくれる。


「手伝ってくれ」


 そんな優夜の言葉に、様子をうかがっていた寧々子も加わる。

 二人で引っ張ると、移動する速度が速い。


「進め! ですぅ~♪」


 とルリも上機嫌だ。


「次は寧々子と交代するね?」


 私の言葉に寧々子は微笑ほほえむ。

 興味を持ったのか、いつの間にか和奏が戻ってきていた。


 私たち三人が交代で楽しんだ後、今度はビーチボールで遊んだ。

 状況としては寧々子の独壇場どくだんじょうだ。


 しなやかな身のこなしに、人間離れした瞬発力しゅんぱつりょく

 さらに耳と尻尾まで生えていて可愛かわいい。


 『猫憑ねこつき』ってずるい――そう思ってしまう瞬間だった。

 案の定、私がミスしてしまい、ボールを取りに行く羽目はめになる。


「危ない、危ない」


 私はそう言って、ボールをひろう。

 あやうく波にさらわれてしまう所だった。


「白菊ぅ~」


 とはルリ。なにか見付けたようだ。


「なぁに? ボールならもう……ひろったよ――」


 私が視線を向けると、そこには女の人が倒れていた。

 お姉さんのようだけれど、明らかに人間ではない特徴とくちょうを持っている。


「こいつ、人魚ですぅ~」


 ルリが教えてくれたけど、私としても見当は付いていた。

 どうやら、叔父さんの出番らしい。

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