第14話 ちょっと、現実逃避しないでよ!


「た、ただいま……」


 と言って、私はお店の扉を開ける。

 今日はお出掛けなので、店内は薄暗うすぐらく、しんと静まり返っていた。


 いつもとは違う不思議な感覚に戸惑とまどいつつも、


「今日はもう、フラフラだよ……」


 帰って来て早々、テーブルの上に倒れ込むようにダウンしてしまう。

 そんな私に対して、


「だらしがないのですぅー!」


 とルリ。アイスを食べたので――機嫌がいいのかな?――とも思ったのだけれど、そうでもないようだ。心配して私をお店まで送ってくれた優夜ゆうやは、


「また後でな」


 と言って一度、家に帰ってしまった。

 朝食と荷物を取りに戻るそうだ。


「あらあら、お帰りなさい♪」


 とは雪風ゆきかぜさん。私の姿を見て――あらあら、まあまあ――とおどろく。


「学校に行っただけでぇ~♪ フラフラのぉ~♪ ヨレヨレなのですぅ~♪」


 ルリが私を見て歌う。いや、バカにしているのだろうか?

 帰って寝るですぅ~♪――と言っていた割には元気一杯だ。


 まあ、朝食が目当てなのだろう。先程から、美味おいしそうないいにおいがする。

 叔父さんがキッチンで色々と作っているようだ。


 ちなみに、優夜が半分こしてくれた私の分のアイスはルリが食べてしまった。

 本当に、この子はよく食べるな……。


 優夜が自分の分を私にくれると言うので、一口だけもらうことにする。

 あーん♡――私が口を開けると優夜が食べさせてくれた。


「毎度毎度、朝から見せ付けてくれるわね」


 と和奏わかな。そんなつもりはないのだけれど、優夜が私を構うので仕方がない。

 立っているのもやっとなんだけれど――と言い訳をしても、怒られそうだ。


 私は寧々子ねねこと和奏に、今日の約束を再確認して別れた。

 手洗いうがいを済ませ、汗をくと、私たちはテーブルに着く。


 運ばれてきた朝食はどうやら、お昼のお弁当の残りらしい。

 文句を言うつもりはない。


 けれど――お弁当の中身が分かってしまう――というのは、楽しみが少し減った気分がする。


(まあ、普段のお店のメニューなんだけどね……)


 手伝うべきなのかもしれないけれど、今は動きたくない。

 体力以外にも精神的に疲れてしまったようだ。


 朝食を済ませ、出発の準備が終わった頃には優夜たちが再び集まっていた。

 皆、近所なので、こんなモノだろう。


 泳ぐつもりはないけれど、私は水着をすでに着ていた。

 この間、雪風さんの提案で、寧々子と一緒に買物に行ったのだ。


 下着とは違うため、少し違和感がある。


「八時半か……」


 と叔父さん。予定では九時の出発だったけれど、全員そろってしまった。

 車は昨夜の内にワゴン車をレンタルしてある。


 私たちに車へ乗るように指示すると、叔父さんはお店の戸締りをした。


「出発なのですぅ♪」


 とルリ。お店の前には、寧々子の家の猫たちが集まっていた。

 うなーん――とマシロたちに見送られ、私たちは海へと出掛ける。


 最初は面倒なことになったと思っていた。

 けれど、今日が近づくに連れて、ワクワクする自分が居ることに気が付く。


 興奮のせいか、思ったよりも眠れていなかったようだ。

 それは寧々子も同じだったらしく、私たちは途中で眠ってしまった。


「起きるのですよぉ~」


 ペチペチと頬をたたかれ、ルリに起こされる。彼女が私を起こすのはめずらしい。

 私は目を開ける。隣で寝ていた寧々子を起こしてしまったようだ。


「海ですぅ~♪ 目ん玉かっぽじりやがれですぅ!」


 とルリ。なにやらはしゃいでいるようだ。

 しかし、かっぽじるのは耳だったような気がする。


 起きた瞬間、青い空の下、海岸線が見えた。

 遠くまで、海が広がっている。


「わぁっ!」


 思わず感嘆かんたんの声を上げ、車の窓に張り付いてしまう私。

 寧々子も目をこすりながら、私の背中にくっつくと、同様の反応を示した。


「やっと、起きたみたいね」


 寝坊助ねぼすけさんたち――とは和奏で、平静を装っている。


「さっきまで、同じ反応をしていたぞ」


 と優夜が教えてくれた。


「ちょっと、言わないでよ!」


 和奏は声を上げるが『所詮しょせんは子供』ということのようだ。


白菊しらぎくだって子供じゃない!」


 と怒る和奏。どうやら、考えを読まれてしまったらしい。

 その間に優夜がペットボトルを用意して、渡してくれた。


 寝起きでのどかわいていたため有難ありがたい。

 私と寧々子はそれぞれ受け取る。


瑠璃るり唐草からくさにも寄越よこすですぅ~」


 とルリが私の頬を引っ張る。飲みにくいのでやめて欲しい。

 その後も車は順調に進み、無事、海水浴場の駐車場へと辿たどり着く。


 帰りに車内が暑くなり過ぎないように窓を少し開け、対策もする。

 私は車から降りると――うーんっ!――と身体を伸ばした。


 しおの香りがする。


「白菊ぅ~♪ 変なにお~い♪ くっさいのですぅ~♪」


 とルリが私の頭の上をグルグルと旋回せんかいした。

 私がくさいみたいなので、やめて欲しい。


 寧々子も車から降りると、私と同じように背筋を伸ばす。

 なにやら仕草が猫っぽい。


 耳と尻尾が見えたような気がするけど、気のせいではないだろう。一方で、


「やっと着いたわね」


 さあ、行くわよ――と和奏が私たちを誘導ゆうどうする。優夜は叔父さんと雪風さんを手伝うべく、どうすればいいのか質問しているようだ。


 叔父さんは荷物を持つのを手伝ってもらおうとしたようだけれど、雪風さんが一人で全部かついでしまう。力持ちという次元ではない気がする。


 周囲の人たちもおどろいて、大きく目を見開いていた。

 さあ、いよいよ海水浴の始まりだ。


「ちょっと、現実逃避しないでよ!」


 と和奏に肩をたたかれた。

 どうなっているの?――と雪風さんについての答えを求められる。


 そんな顔をされても、妖精を説明するのは難しい。

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