第13話 何で朝から生まれたての小鹿みたくなっているの?


「今度の定休日でいいか? お前らも、親には確認しておけ」


 と叔父さん。どうやら、日帰りの旅行が決まったようだ。

 それに皆も連れて行ってくれるらしい。


 良かったわね――と和奏わかなが言う。


「一緒に行ってもいいの?」


 とは寧々子ねねこだ。

 勿論もちろんだよ――私は笑顔で答える。


 彼女は、ホッと胸をで下ろした。どうやら、楽しみなようだ。

 本当は炎天下での海水浴など地獄でしかないのだけれど……。


 引くに引けないとは、こういう状況のことなのだろう。

 私は話をらすため、


「ところで優夜ゆうや、工作はなにを作っているの?」


 と質問した。気になっていたのは確かだ。

 二年生と四年生、そして六年生は工作が宿題となっている。


 ちなみに一年生は朝顔あさがおの観察、三年生は向日葵ひまわり

 そして、五年生はグループに別れて、地域の歴史を調べて新聞を制作するようだ。


「俺は花の図鑑を作った――写真をったけれど……」


 ほとんどはもらった画像だよ――と優夜。


「優夜って、花が好きだったの?」


 初耳である。首をかしげる私に対して、なぜか寧々子と和奏が苦笑した。


「好きな~、お花は~、白菊しらぎくですぅ~♪」


 それだけ言って、ルリはまた、どこかへ飛んで行ってしまう。


「そっか、私の名前が白菊だから、お花に興味があったのね……」


 私はそう言った後、顔が熱くなるのを感じた。

 きっと真っ赤になっていることだろう。


 ずかしくて、両手で顔をおおうと、その場にしゃがみ込んだ。

 なぜ、私の方がずかしがらなければ、ならないのだろう。


「押し花でしおりも作る予定だから、学校へ提出して戻ってきたら……」


 好きなのをあげるよ――と優夜は私たちに言う。

 寧々子と和奏は『わーい!』と喜ぶ。


 平然とそういうことが出来るのは、優夜のすごい所だ。

 色々と不器用な私にはうらやましい。


 その日は課題を終え、私の部屋でゲームをした後、解散した。

 それから間もなくして、約束の日が訪れる。


 ――海へ行く日――

 早朝、私は忍者のごとく、学校への道を素早く移動していた。


「全然、遅いのですぅ~?」


 とルリ。こういうのは気分だから、細かいことはいいのだ。

 二学期から登校するための訓練である。


 寧々子の事件をて、雪風ゆきかぜさんの妊娠を知ってから、私の日課になっていた。


(今日は、行けそうな気がする!)


 最初の頃は途中で気持ち悪くなっていたけれど、段々と歩ける距離を伸ばしてきた。ある程度、コツもつかんだ。


 人に見付からないように電柱の影へ隠れる。

 がりかどでは壁に張り付いて、人の往来を確認した。


「完全に不審者ですぅ~♪」


 そう言って、ルリは口元を手で隠して笑う。

 バカにされているようだけれど、私は気にしない。


 叔父さんや雪風さんは無理むりいしないけれど、世間体せけんていは悪いはずだ。

 妖精を見ることの出来る子供は、一時的に他人と距離を置く時期があるらしい。


 ひどい場合は、そのまま妖精側の住人として一生を過ごすこともあるそうだ。

 少し前までの私なら――それでもいいかな?――と思っていたけれど、今は違う。


 世の中には妖精を見る力を悪用して、人の社会に害をそうとする連中がいることを知った。


 少なくとも私の能力ちからは、人と妖精が仲良く暮らせる世界のために使いたい。

 そのためには、もっと仲間が必要だ。


 具体的にどうすればいいのかは、まだ分からない。

 けれど、自分の世界を広げる必要があるのは確かだ。


 ようやく、私は目的地まで辿たどり着く。

 この春から、私が通うはずだった小学校。


 優夜が毎朝むかえに来て、私を連れて来ようとしていた場所だ。

 今思えば、歩いて行ける所まで、頑張って歩けば良かった。


 途中で私があきらめても、きっと優夜は『頑張ったな』とめてくれる。

 どうして、私みたいな子に優しくしてくれるのかは分からない。


 恐らくだけれど、彼のなりたい『妖精ようせいもり』と関係があるのだろう。


(今度、聞いてみよう……)


 まずは、この試練を乗り越えなくてはならない。

 夏休みの早朝ということもあり、校門は固く閉ざされている。


 人が居ないことを確認すると、私は最後ラストの直線を走り抜けた。

 校門にタッチをして、


「ゴール……」


 はぁはぁ、と息を切らせ私はつぶやく。本当は今ぐにでも走って逃げたい所だけれど、体力の回復には時間が必要なようだ。


 ひざに両手を突いて、下を向く私に対し、


「おめでと、おめでと、なのですぅ~♪」


 ルリが頭上で、無邪気にはしゃぐ。


「よくやったな、おめでとう」


 とは優夜で、私はビックリした。

 毎度毎度、どこから現れるのだろうか?


「いや、最初から居たし、普通に歩いて付いて来たんだけど……」


 そう言って、困った表情をする優夜。


「お前、足遅いな……」


 と意地悪なことまで言う。

 しかし、彼は私の息が整うまで待ってくれていた。


(こんなこと、前にもあったような気がする……)


「ラジオ体操には間に合いそうだ」


 優夜は時間を確認した。


「えーっ、今日はもう疲れたよぉ」


 文句を言う私に対し、


「まだ、朝の六時だぞ……」


 と彼はあきれる。


「帰って寝るのですよぉ~♪」


 とはルリ。この子の場合は寝過ぎだと思うのだけれど、気にしたら負けのような気もする。



 私が優夜の誘いを『どう断ろうか』と思案していると、彼は問答無用で腕を組んできた。


「帰りにアイスを買ってやるから、行くぞ」


 と優夜。ソーダ味の二本に割るヤツだろう。

 それって自分が食べたいだけだよね?


「アイスぅ~♪ 行くですぅ~♪ 発進するですぅ~♪」


 とルリ。痛いので髪を引っ張らないで欲しい。

 なんだかんだで、この分だと夏休みのラジオ体操は皆勤賞かいきんしょうになりそうだ。


 学校の近くの公園に着くと、寧々子と和奏も来ていた。

 おはよう――と挨拶あいさつの後に、


「朝からわね」


 和奏の言葉に、


「そうだね」


 と私は相槌あいづちを打つ。

 すると――ダメだこいつ、通じてないわ――みたいな顔をされた。


 寧々子も眉をひそめると、口元を手で隠して笑う。


「腕を組んでるぅ~♪ ラブラブカップルですのぉ~♪」


 そんなルリの歌で優夜と腕を組んでいたことを思い出す。

 正直、杖代わりにしていたので、そこまで気が回らなかった。


 私は離れたのだけれど、上手く歩けない。

 足腰をプルプルとさせてしまう。


 どうやら、学校へ行ったダメージがまだ残っているようだ。


「だ、大丈夫?」


 寧々子は心配してくれたけれど、


なんで朝から生まれたての小鹿みたくなっているの?」


 気持ち悪いわね――と和奏にあきれられてしまった。

 次の課題は学校へ行くための体力をつけることのようだ。

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