第11話 コミュ障の白菊には無理なのですぅ~♪


「誰も、お前に戦って欲しいだなんて思ってねぇよ」


 と狭霧さぎりさん。彼女は困った表情で頭をいた。

 天使や悪魔の攻撃を防ぐには、同じ存在の力を借りるのが最善だ。


 つまり、相手が悪魔であるのなら、狭霧さんがなんとかしてくれる。

 少なくとも同レベルの戦いが出来るだろう。


 しかし、それでも危険であることに、変わりはない。

 私が助ける決断を出来なかった場合、叔父さんは依頼を受けなかっただろう。


 不意になにかを感じ取ったのか、たちばなさんは――にゃっ!――と起き上がり、私から離れる。目の前には雪風ゆきかぜさんが居て、そっと私をめてくれた。


「ごめんなさいね、そういうつもりで、ここに連れてきた訳じゃないのに……」


 そう言って、私に謝る。


「あたしにも謝れよ!」


 と狭霧さん。当然のように雪風さんは無視する。私は理解した。

 叔父さんの仕事を成功させるには、雪風さんや狭霧さんの能力が必要不可欠だ。


 それは同時に、彼女たちを危険な目にわせることを意味する。

 最初は――面倒なことが嫌いなのかな?――と思っていた。


勿論もちろん、それもあるのだろうけど……)


 叔父さんは彼女たちを家族だと思っている。仕事をあまり受けたがらない理由は、彼女たちを危険な目にわせたくないからだろう。


 そして、今は私も、その家族の中に居る。

 仕事を受けたくない理由は私を守りたいからだったようだ。


 素直に言えばいいのに――やっぱり、大人って面倒だ。

 雪風さんに抱き締められるまで、そのことに気が付かなった。


 結局、私がやろうとしていたことは、皆を心配させるだけだったらしい。

 悪魔をはらうなど、どうして、そんな考えにいたったのだろうか?


 私は家族に守られている。

 この猫たちが橘さんを心配するように、愛されている。


 それに気が付かない私は、やはり人として壊れているのだろうか?

 急に心がざわついた。


「ポンコツなのですぅ~♪」


 とルリ。猫たちを警戒けいかいしてか、今は降りては来ない。

 再び、悪魔の尻尾がペチペチと私の頭をたたいた。


「最初に言っただろうが――お前に頼みたかったのは……」


 そいつと友達になることだ――と狭霧さん。

 どうやら、叔父さんは最初から、この子を助けてくれるつもりだったようだ。


 私が――橘さんを助ける――という答えを出す。

 それを信じてくれていた。


「コミュ障の白菊には無理なのですぅ~♪」


 いつものようにルリの言葉がひびく。必要なのは戦う力じゃなかった。

 心の強さだ。私にだって、不安な友達の手をつなぐくらいのことは出来る。


 雪風さんの抱擁ほうようから解放してもらうと、私はベッドから降りて橘さんと向かい合う。


「うな?」


 橘さんは小首をかしげる。


「ねぇ、この件が終わったら……私と友達になってね」


 今の彼女は、猫の方が表に出ている。私の言葉の意味が通じた訳ではないだろう。

 それでも――うにゃ~ん、ともだち――と橘さんが私に擦り寄って来る。


「もう、友達なのですぅ~♪」


 そう言って、ルリが私たちの頭の上を旋回せんかいした。

 雪風さんと狭霧さんは、そんな私たちの様子を見て、微笑ほほえんでいる。


 ――その日の夕方――

 事件はあっさりと解決する。いや、最初から叔父さんの計画通りだったのだろう。


なにもかも、失ってしまった……」


 と初老の紳士。ネットの画像で見た姿とは随分ずいぶんと印象が違う。

 せこけていて、今にも倒れてしまいそうだ。


 喫茶フェアリーガーデンに橘さんと猫たちをまねいての夕食。

 その際、遠くの方から消防車のサイレンの音が聞こえた。


 どうやら、橘家の豪邸が火事になり、焼け落ちたようだ。

 保険金は下りても、借金の返済に当てられるだけだろう。


 叔父さんに肩を借りながら、おじいさんはゆっくりとイスに腰掛ける。


「残ったモノもあるだろう」


 そう言って、叔父さんが視線を送った先には橘さんと猫たちが居た。

 『呪詛じゅそ』の心配がなくなったためか、今はソファーで横になっている。


「そうじゃな……」


 とお爺さん。彼にとっての宝物は守られた。


被害者 ひがいしゃづらはやめろ……」


 とは狭霧さんだ。悪魔の力を借りて散々、人から奪ってきた。

 それが自分の番になっただけの話だ。


 始まりは小さな箱だった。開けると音が鳴るオルゴール。

 まだ、お爺さんも若く、奥さんが生きていて、息子さんも小さかった頃の話。


 事業に失敗し、借金を抱え、首をろうとしていたらしい。

 その時、夢の中で一人の少女と出会う。


 和服姿の日本人形のような少女。夢から覚めるとオルゴールを手に持っていた。

 しかし、不思議と少女の顔は思い出せない。


 ただ、特徴的なのは、その瞳だった。

 まるで光る蝶のような模様もようが、その左目に浮かび上がっていたという。


「『胡蝶こちょうがん』か……」


 と叔父さん。どうやら、心当たりがあるようだ。


「人の夢に入り込んだり、異界を見通すことが出来る瞳だ……」


 そう言って、叔父さんは苦虫にがむしつぶしたような顔をする。

 相当、厄介やっかい代物しろものらしい。


「今は『オルゴールの悪魔』だな……」


 そう言って、叔父さんはポケットからオルゴールを取り出す。

 見た所、なにも感じない。すでに悪魔ははらわれたようだ。


 オルゴールの音楽が鳴っている間、相手は一種の催眠状態になるらしい。

 そして、大切なモノを一つだけ差し出す。


 単純な仕組みだが、悪魔が祓われた今、受け取ったモノを持ち主に返さなくてはいけない。お爺さんの返済は、まだまだ続くようだ。


「お孫さんは、しばらあずかってもいい」


 と叔父さん。どこまで人がいいのだろうか?

 あきれてしまう。雪風さんと狭霧さんは黙っている。


「……」


 お爺さんは少しの間、沈黙し、考えた後、


「いや、猫たちもいる」


 ここで飼うのは無理じゃろう――と返答する。

 話しによると、くなった奥さんが猫好きだったらしい。


 猫たちは、その形見でもある。

 最後まで面倒を見たいようだ。


 叔父さんは落ち着くまでの間、猫たちと暮らせる家を紹介してあげた。

 私がこの世界に連れて来られた際、通った門の存在する場所。


 『鎮守の森』とされているが、実は妖精たちの暮らす森だ。

 そこにある古びた屋敷。それを管理させるつもりらしい。


 お爺さんにうらみを持つ人間がいないとも限らなかった。

 妖精たちが守ってくれるという利点もある。


 私は雪風さんと食器を洗いながら、その話を聞いていた。

 お爺さんは、その提案を受け入れたようだ。


 どうやら、これで一安心だ。そう言えば、雪風さんが私に『一番に知らせたいことがある』と言っていたのを思い出す。


「ああ、それはですね――」


 白菊ちゃんはもうぐ、お姉ちゃんになります――と教えてくれた。

 私はこの日、初めて家族のつながりというモノを理解する。

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