第10話 いいに決まっているだろ? あたしは認めている


狭霧さぎりさん――叔父さんとの契約には、私も含まれていますか?」


 念のため確認する。悪魔の力には天使か悪魔の力が有効だ。

 でも、今の私には自分を守るすべはない。


 私の知っている中で、強力な悪魔は狭霧さんだけだ。

 だから、彼女を頼る必要がある。


 叔父さんが狭霧さんと契約した時、当然、私はこちらの世界に来てはいない。

 契約した内容次第では、狭霧さんが私を守る必要はなくなる。


 契約の変更は簡単には出来ないはずだ。

 だから、悪魔の力を借りるには、私も狭霧さんと契約する必要があった。


「あたしと契約する気か?」


 狭霧さんの言葉に、私はコクリとうなずく。

 悪魔は契約を守る。けれど、契約の解釈については悪魔次第となる可能性が高い。


 下手へたに関わると、私も『呪詛じゅそ』の対象となってしまうだろう。

 だから、狭霧さんの力は必要不可欠だ。


 『呪詛じゅそ』とは、危険なモノである。

 関わった人間すべてが不幸になると教わった。


 それを止めるためにも、私には狭霧さんとの契約が必要だ。


「アーホっ……」


 ペチペチと狭霧さぎりさんが再び、悪魔の尻尾で私の頭をたたいた。


「アイツとの契約は『家族』になってくれだ」


 だから、家族は守る――と狭霧さん。その瞳は真剣だ。

 でも、私が家族でいいのだろうか?


「いいに決まっているだろ? あたしは認めている」


 狭霧さんはそう言って、そっぽを向く。

 腕を組んだ彼女の横顔は、心做こころなしかほほが赤くなって見えた。


 照れているようだ。もしかすると雪風ゆきかぜさんではなく、狭霧さんが叔父さんの奥さんだった可能性もあったのかも知れない。


 私は思わず――フフフッ――と声に出し、笑ってしまった。

 悪魔と家族になるなんて、叔父さんらしい契約の内容だ。


 同時に涙がこぼれる。こういうのを嬉し涙というのだろうか?

 心のどこかで、私は『愛されている』という事実を信じられずにいたようだ。


「ここなのですぅ~♪」


 と廊下からルリの声が聞こえた。どうやら、検査が終わったらしい。


「あらあら、こんな所に居たのね♡」


 うふふ、と雪風さんが顔をのぞかせる。

 狭霧さんは立ち上がると、


「よう、ゆきか……ぜっ!」


 近づくと同時に、狭霧さんの姿が消えた。

 不思議と音はしなかったが、病室内に衝撃波が発生する。


 ビクッと橘さんの尻尾が反応した。

 一方で、狭霧さんは床でうつ伏せになって倒れている。


 手足をピクピクとさせ、痙攣けいれんしていた。


白菊しらぎくちゃん大丈夫?」


 と雪風さんがオロオロとしている。タイミングが悪かったようだ。

 どうやら、狭霧さんに私が泣かされたと思っているらしい。


 いや、実際に泣かされたのだけれど……。


「だ、大丈夫……これは違うんです」


 と言って、私は慌てて涙をぬぐった。

 あら、そうなの?――と雪風さんは首をかしげた。


「目にゴミが入っただけです」


 私の言葉を鵜呑うのみにした訳ではないだろう。それでも、


「わたしの勘違いだったみたいね」


 と雪風さんは信じてくれたようだ。


「おい、悪魔ひとを投げやがって、それだけか?」


 とは狭霧さん。雪風さんは、


「もう、白菊ちゃんを勝手に連れていかないでね♡」


 と返す。どうやら、一瞬の動作で狭霧さんを床に叩きつけたようだ。


 ――見えなかった。


「つよ~い、つよ~い、武闘派ですぅ~♪」


 そう言って、ルリは雪風さんの頭の上を旋回せんかいする。

 相当なダメージを受けたようで、狭霧さんはぐには動けないらしい。


「折角、白菊ちゃんに一番に知らせたいことがあったのに……」


 そんな雰囲気じゃなくなったわ――プンプンといった様子の雪風さん。

 彼女は頬を膨らませる。


 はて、私に知らせたいこととはなんだろうか?

 雪風さんはその場にかがむと、人差し指を立て、


「めっ、ですよ!」


 と狭霧さんを注意した。

 狭霧さんはうらめしそうな表情で雪風さんを見上げる。


「てめぇは、いつもいつも……」


 文句は多々あるようだったけれど、言っても無駄だと思ったのだろうか?

 狭霧さんはゆっくりと立ち上がると、身体の汚れを払った。


 雪風さんは、そんな狭霧さんの様子を気にも留めない。

 謝る様子もない。二人の間では、いつものことのようだ。


「この子が例の?」


 ととぼけた表情で、雪風さんは狭霧さんに質問する。


「ああ、『猫憑ねこつき』の子だよ」


 狭霧さんは答えた。どうやら、すでに話は伝わっていたらしい。

 となると『私を通して叔父さんに動いてもらう』というのは――


 どうやら、私の考え過ぎだったようだ。いや、もしかすると狭霧さんを使って、叔父さんが私を試した可能性すら出て来た。


折角せっかく、お前が居ない内に話を終わらせようと思ったのに……」


 狭霧さんはブツブツと文句を言う。

 もしかして、狭霧さんが私に声を掛けてきた本当の理由は――


 雪風さんがそばに居なかったから?

 そんな単純なモノだったようだ。


 試金石しきんせきというヤツだろう。

 私が橘さんを助けたいと思うかどうか、試したようだ。


 確かに『仕事だ手伝え』と言われるより――私が助けると決めた――という事実がある方が仕事に対する姿勢が違う。


 今回は悪魔が相手ということで、叔父さんも慎重になっていたのかも知れない。


ひどいわ……まるで、わたしと会うのが嫌だったみたい」


 と雪風さん。ショックを受けているようだ。


「こいつのこういう性格ところが、昔から嫌なんだ……」


 狭霧さんはコッソリと私に耳打ちした。


「白菊ちゃんは危ないことをしなくていいのよ」


 とは雪風さん。なにやら、私の表情から読み取ったらしい。


「こいつ、思った以上に決断が早かったぞ」


 狭霧さんは尻尾で私を指しながら、雪風さんに報告する。

 口元を手でおおい隠し、おどろいた表情の雪風さん。


 どうやら、心配を掛けてしまったようだ。

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