第9話 友達がいない者同士、お似合いだろう?


「いやー、儀式でも始めるのかと思ったぜ……」


 あっはっは、と狭霧さぎりさんは笑う。他人事ひとごとだと思って暢気のんきなモノだ。

 たちばなさんは、今は落ち着いたらしく、私のひざまくらにして眠っている。


 まるで本当の猫のようだ。私はベッドの上に腰掛け、彼女の頭をでた。

 膝枕ひざまくらは初めてだったけれど、結構しんどい。


 この分なら長時間の膝枕ひざまくらは無理だろう。

 優夜ゆうやだと、もっと大きいから大変だ――いや、そうじゃない。


 私は雑念を振り払うようにフルフルと頭を左右に動かす。猫たちは主人である少女の容体ようだいを心配しているのか、大人しく見守ってくれていた。


「この子をはらえばいいんですか?」


 出来ないことはないだろう。

 ただ、叔父さんの許可なく勝手にやる訳にはいかない。私の質問に、


「いや、友達になってやってくれ……」


 と狭霧さん。


「友達がいない者同士、お似合いだろう?」


 余計な一言を付け加える。

 別に友達がいない訳ではない。人間の友達がいないのだ!


 なんだか余計にむなしくなってしまった。

 はぁ、と私は溜息をくと、


「この子は、どういう経緯けいいで入院をしているんですか?」


 質問をしてみる。人前に出せないのは理解できるけれど、それだけではないはずだ。まるで世間から隔離しているような印象を受けた。


 芸能人や政治家が入院という手段で雲隠くもがくれすることは知っている。


「両親が事故でな……」


 と狭霧さん。事故――つまり、この場合は【怪異事件】のことだ。

 彼女の家は結構な資産家らしい。


 狭霧さんはタブレットを見せてくれた。

 車の中で二人の変死体が見付かったとニュースになっていた。


 ネットの書き込みを見る限り、父方の祖父については、黒いうわさが絶えない人物のようだ。橘さんには悪いが、いかにも悪そうな顔をしている。


「両親の死は『呪詛じゅそ』だろうな……」


 そうつぶやく狭霧さん。別に珍しいことではない。

 妖精や精霊、悪魔などと契約して、富や名声を手に入れる話は普通にある。


 この子の祖父の場合は、途中で遣り方を間違えたのだろう。

 変死体ということは悪魔が関わっている可能性が高い。


 悪魔を使って『お金』を手に入れていたことは想像がつく。


「でも、息子さん夫婦を生贄いけにえにしたのとは違いますよね?」


 私は疑問を口にした。この手の悪魔は狡猾で残忍だ。

 あっさり殺すような真似まねはしないだろう。


 考えられるのは『悪魔との契約』だ。橘さんの祖父はその契約を破った。

 本人が幸せな時期に取立てにくる――という『お約束』のパターンだろう。


 この子の祖父は、その対価を支払わず――息子夫婦が代わりに犠牲になった――という所か……。


 ――労働には正当な対価が必要だ。


 叔父さんが言っていた言葉を思い出す。

 正当な対価を支払わなければ、どこかでズレが生じる。


 結局、この子の祖父は家族を失ったのだ。


「まあ、孫娘だけでも『助けたい』ということであずかってはいる」


 狭霧さんは肩をすくめた。

 悪魔なら喜びそうな話だけれど、どうにも彼女の思考は人間に近いようだ。


 叔父さんの影響だろう。だったら、素直に叔父さんに頼めばいいのに……。

 けれど、契約を重んじる悪魔としては、それが出来ないようだ。


 契約者に害が及ぶような行動は制限されているのだろう。

 ましてや、関係のない他人を助けるなど、彼女にとってもメリットがない。


 ただ、考えられるのは――自分の患者が別の悪魔の手によって殺されるのは面白くない――ということだろうか?


 『呪詛じゅそ』の効果はまだ、続いているらしい。

 このまま放って置くと、橘さんの命が危ないようだ


 私をこの子と引き合わせれば、叔父さんが動くと考えたのだろう。

 大人って、面倒な生き物だ。


 後は私が帰ったら、叔父さんに相談すればいいだけなんだけれど――


「気になるのは、この子の身体に黒い茨のようなモノが……」


 からみついていることですね――と私は告げる。

 以前、護望ごうもう寺で見た『桜の精』の周囲にも、同様の黒い茨がまとわりついていた。


 気になったので、叔父さんに報告した所、


「それは『裏返り』かも知れないな……」


 と言っていた。どうにも、言葉たくみに真実をすり替え、白を黒に、真実を嘘に変える連中が居るらしい。


 護望ごうもう寺の『桜の精』の場合は、本来なら子供たちを見守る存在だった。

 それを悪い存在だと――うわさで上書きした――ということになる。


 『桜の精』は『裏返り』子供たちを連れ去る悪しき存在へと落とされてしまう所だった。主に宗教などで異教の神に対して行う手法のようだ。


 信仰を失わせることが出来て――結果、荒神あらがみという人間に害をなす危険な存在を生み出すことが出来る――と言っていた。


 だからきっと、この子の場合もそうなのだ。

 『猫憑ねこつき』と言っているけれど、この子にいている存在は悪いモノではない。


 私の考えが正しいのなら、橘さんを守るために取りいている守護霊といった所だろう。


 だから、彼女からはらった途端、橘さんを守る存在はいなくなってしまう。

 彼女はたちまち『呪詛じゅそ』の餌食えじきとなる。


えらかったね、君はちゃんと守ることが出来たよ」


 私は再び、橘さんの頭をでた。すると、


「うなーん」「にぃー」「にゃーん」「めぇ~」


 と猫たちも鳴く。同時に黒い茨が消える。

 そっか、君は一人じゃないのか。


 それが少し、私にはうらやましく思えた。

 学校の教室で一人、孤独に過ごす自分の姿が脳裏に浮かんだ。


 そこで一人だけ、私に話し掛けてくれる友達がいた。

 なぜかは分からないけれど、その友達を橘さんと重ねてしまう。


 私の失われた記憶のようだ。

 向こうの世界の橘さんは私の友達だったのかも知れない。


 そう思った途端、私は彼女を助けたいと思ってしまった。

 この猫たちもそれを望んでいる。


 しかし、それは彼女の祖父が契約した悪魔と戦うことを意味した。

 そのためには、私も対価を支払う必要があるだろう。

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