第二章 妖精と少女の涙

第7話 いや、あたしは新しいタイプの悪魔だから……


 梅雨つゆも明け、本格的な夏が始まろうとしていた。

 今日、私は病院に来ている。


 別に病気になった訳ではない。勿論もちろん怪我けがもしていない。

 お陰様で元気だ。


瑠璃るり唐草からくさも元気ぃ~なのです♪」


 だから、早く帰るのです――とはルリ。

 このの場合は『元気なことだけが取り』のような気もする。


 病院で人も多いという理由からだろうか?

 今日は大人しく、私のバッグの中に入って隠れている。


 お陰で荷物が入れられないので困ってしまう。

 おっと、話しがれてしまった。


 今日、私が病院に来たのは叔父さんの奥さん――雪風ゆきかぜさん――の付きいである。人間と一緒に暮らす妖精は、定期的に病院で検査を受けているようだ。


 妖精は人間の想いや発する言葉に影響を受けやすい。

 雪風さんくらい、自我のはっきりしている存在であれば特に問題ないのだろう。


 今回は『念のため』というヤツである。


「ルリもてもらえば……」


 彼女はつぶやいた私の言葉にビクッと反応した。


「ひっ、ひっ、必要ないのですぅ~!」


 どこか慌てた様子で答える。明らかに声のトーンが低い。

 そういえば、先程から話し方がいつもと違っていた。


 私はバッグの中に素早く手を突っ込む。

 そして、捕まえると雪風さんに――お願いします――そう言って手渡した。


「うひぃ~、元気なのですよぉ」


 と抵抗するルリ。けれど、雪風さんの前では無意味なようだ。

 さすがは大人の妖精。


「あらあら、一緒に行きましょうね」


 雪風さんのその言葉で観念したのか、


「は、はいですぅ~」


 ガクリと項垂うなだれ、ルリはあきらめたようだ。


「行ってらっしゃーい」


 と私は見送る。


「……」


 しかし、急に手持ち無沙汰ぶさたになってしまった。

 今までは一人でも平気だったのに――


 記憶は曖昧あいまいだけれど、可笑おかしな話だ。


(大人しく座って本でも読んでいるつもりだったけれど……)


 私は周囲を見渡す。

 雪風さんが通う病院ということもあって、人外の存在が目立つ。


 ルリと同じ羽の生えた小さな妖精も飛び回っていた。

 かと言えば、毛むくじゃらな動物に近い妖精もいる。


 見た目は人間と一緒だけれど、角や耳の尖った妖精も見ることが出来た。

 白い毛に覆われ、尻尾を揺らし四本足で歩いているのは――


 いや、アレはただの猫だ。

 誰かのペットだろうか? ここは病院だけれど、衛生環境は大丈夫かな?


 『ケット・シー』や『コボルト』などの妖精もいる。

 なので、その辺はグレーゾーンなのだろう。


 しかし、これほど多くの種類の妖精が一個所に集まるというのも珍しい。

 私は本を読むフリをして、少し観察することにした。


 どうやら小さく飛び回っている妖精は看護師のようだ。

 色は様々だけれど、ナースウェアを着ている。


 人間の職員も数名、混じっていた。そう言えば、昔は妖精から薬の作り方を教わって、薬師くすしになる人間もいたそうだ。それが始まりだろうか?


 私のように妖精が見えるのであれば、自然な流れだろう。

 妖精フェアリー医者ドクターを主役としたドラマも多くあるようだ。


 今度、見てみようかな? 優夜ゆうやに聞いてみよう。

 そんなことを考えていると不意に影がかかる。


「共通の話題があれば、二人の仲も進展するってか?」


 と女性の声がする。

 私が顔を上げると、金色の髪の綺麗なお姉さんが立っていた。


「よぉ、白菊しらぎく!」


 とみょうれしい。

 一瞬、誰か分からなかったけれど、彼女の持つ深紅の瞳には見覚えがあった。


 『悪魔の瞳イビルアイ』だ。以前、出会った時は黒い翼と尖った尻尾を生やしていたので、だいぶ印象が異なる。


 叔父さんが使役している悪魔『狭霧さぎり』さんだ。

 こんな所で白衣を着て、コスプレだろうか?


「おい、誰がコスプレだ、誰が……」


 と狭霧さん。両手を使って、私の両頬りょうほほを引っ張る。

 自分でもおどろくほど、ほほが伸びた。


 それにしても、どうして皆、私の考えが分かるのだろう? 不思議だ。


「い、いひゃひ……」(い、痛い)


 そう言って、私は読み掛けの本を置いた。


「どう見ても医者だろうが」


 とは狭霧さんで――分かったか?――と聞いてきた。

 早く解放して欲しいので、私はコクンとうなずく。


 それでやっと、私は解放された。

 悪魔系は乱暴だから困る。私はほほさすった。


「たくっ、一人だったから、心配して声を掛けてやれば……」


 狭霧さんはそう言った後、なぜか私の隣に座る。

 心配しているというのは建前で『本当はサボりたいだけ』なのではないだろうか?


「働いていたんですね」


 と私。叔父さんと契約しているので、必要な時だけ出て来る存在だと思っていた。

 そもそも、雪風さんなど、人間社会に適応している妖精は多い。


 瑠璃唐草と違って、普通の人間にも姿が見える。

 ならば、働くのが道理かも知れない。


「お金が欲しいからな……」


 狭霧さんは随分ずいぶんとストレートな回答をする。


「実体化するのに必要な霊力はもらっているけど……」


 実体を持って生活するにはお金が必要じゃん――と同意を求められる。

 勿論もちろん、同意はするけれど……悪魔として、それはどうかと思う。


 人間を堕落だらくさせたり、魂を集めたりするのが仕事ではないのだろうか?


「いや、あたしは新しいタイプの悪魔だから……」


 昔みたく、善とか悪とかハッキリしてないじゃん――と言われてしまった。

 そういえば、昔は勧善懲悪の時代劇があったと聞く。


「ほら、こっちの世界って、あたしらの存在が認められているだろ……」


 法律が適用されるから面倒なんだよ――と教えてくれた。

 どうやら、クーリング・オフや詐欺さぎざいは悪魔にも適用されるらしい。


 その辺を上手く出来る悪魔はIT関連の社長などをやっているそうだ。

 例えば、課金ゲームなどのアプリを無料で提供して、人々を堕落だらくさせる。


 時代は変わってしまった――と狭霧さんはなげく。

 結局、能力を生かせて、人の生き死に関わる医者の道を選んだそうだ。

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