第6話 頑張ったのですぅ~♪ 偉い偉いなのですぅ~♪


 食べ終わった食器は、そのままでいいですよ――と雷清らいしんさんに言われていたので、私たちは帰ることにした。


 もうぐ夕方――黄昏たそがれ時だ。他界と現実をつなぐ時間の境目さかいめ

 形を持たない存在が姿を得て、活動し始める時間帯だ。


 私が引きもる理由の一つで、逢魔おうまが時ともいう。

 けれど、優夜ゆうやが居るので怖くない。


 彼は『妖精守ようせいもり』で私を守ってくれる存在だ。


「その過大な評価はやめてくれ」


 と優夜。おや、私の考えていることが伝わったらしい。


白菊しらぎくは分かりやすいのですぅ~♪」


 お腹がふくれ満足したのか、ルリはそう言いながら座敷机テーブルの上に座り込み、足を投げ出すようにしている。


 やはり、食べ物に弱いようだ。捕まらないか心配になる。

 ほら、行くよ――と私が声を掛けると、


「待つのですよ」


 そう言って、フヨフヨと飛び、私の頭の上に乗った。

 自分で飛んで帰るという選択肢はないようだ。


 外へ出ると住職じゅうしょくさんが池をながめていた。

 挨拶あいさつをしようと話し掛けると、


「おお、白菊ちゃん、今日はありがとう。助かったよ」


 とお礼を言われる。私としては、大したことはしていないつもりだ。

 なので、感謝されるのも反応に困ってしまう。


「お役に立てたのなら良かったです。またなにかあったら、言ってくださいね」


 私は叔父さんの対応を思い出し、真似まねしてみた。


ひげ達磨だるまなにしてたですか?」


 とはルリ。かんが働いたのか、


「ところでなにをしていたのですか?」


 と優夜が聞いてくれる。


「ああ、あの枝垂桜しだれざくらなんだが、良くないうわさがあってな……」


 そう言って、住職じゅうしょくさんはひげでた。

 見ると、っすらと白い湯気のようなモノが立ちのぼっている。


 私にだけ見える霊気の流れだ。

 どうやら、妖精が関わっている可能性が高い。


 気になるのは、とげのついた黒い茨のようなモノが地面をっていることだった。

 住職じゅうしょくさんの話によると、保育園の子供たちと花見をした時に事件が起こったそうだ。


 子供の一人が池に落ちてしまい、おぼれかけたらしい。

 多少はパニックになったようだけれど、そこまで深い池ではない。


 子供は無事に助かったそうだ。

 問題はその子が――女の人を見た――と言っていたことだった。


 この枝垂桜しだれざくらには、子供をくした女性の霊が取りいているという伝承でんしょうがある。

 女性の霊が子供を連れて行こうとしたのではないかとうわさが立った。


 この枝垂桜しだれざくらを切ろうか、という話まで出ているようだ。

 こちらの世界では、幽霊や妖精が普通に信じられている。


 普通に考えれば変だと思うようなことでも、まかり通ってしまうらしい。

 昔から寺は地域の住民たちが集まる場所でもある。


 池の周りで遊んでいて、子供が落ちてはいけないと作った話だろう。

 それが――いつしか力を持って具現化した――ということだろうか?


 ならば話は簡単である。

 噂は噂で打ち消せばいい。


「大丈夫ですよ」


 と私は言った。住職じゅうしょくはピクリと眉を動かす。

 ギョロリと動いた目が達磨だるまのようだ。


「あれは悪いモノではありません。子供を助けようとしたのではないですか?」


 そんな私の問いに、


「なるほど」


 と住職じゅうしょくさん。そもそも、昔から皆が集まってお花見をしていたような場所だ。

 悪いモノがみついているとは考えにくい。『桜の精』でも居るのだろう。


 妖精の見える私だから、この言葉には力があった。

 本来は気味悪がられる能力ちからだけれど、使い方によっては妖精を助けられる。


「では、そのように皆には伝えておくとしよう」


 小さな妖精女王ティターニア――と住職さん。

 また聞きれない単語に私は首をかしげる。


妖精女王ティターニア――つまり、妖精すべてに愛される存在のことだ」


 とは優夜。女王など、そんな大それた存在になった覚えはない。


「少なくとも俺が目指している『妖精守ようせいもり』とは違って……」


 多くの妖精たちに必要とされている存在だ――と続ける。

 優夜は私のことをすごいと思ってくれているのだろうけど、


「違うよっ!」


 と思わず彼の手を両手でにぎり、声を大にしてしまった。

 私は目を泳がせ、言葉に詰まる。


 それでも、意を決して口にしなければいけない。

 トクンと心臓の音が聞こえた気がする。


「そ、そのね――今日ここに来れたのは優夜のお陰だし……」


 私一人じゃ、全然ダメなの!――そう言って、彼を見詰めた。


「いつも朝、迎えに来てくれるし、優しくて頼りになるし……」


 ちょっと、意地悪な時もあるけれど――私は一気にまくし立てる。

 そして、最後に一呼吸おいて、


「だからね、優夜だってすごいんだよ……」


 と告げる。途端とたんに恥ずかしくなり、握っていた手を離してしまった。慌てて背中に隠してしまったけれど、それで今の出来事がなかったことになる訳ではない。


 どうしていいのか分からず、私はモジモジしてしまう。


「頑張ったのですぅ~♪ 偉い偉いなのですぅ~♪」


 とはルリ。私の頭に乗ったまま――いい子いい子――と頭をでた。

 不思議だ。こんなことを言う性格ではなかったのに、自然と言葉があふれた。


 いったい、どうしてしまったのだろう?

 一方、優夜は微笑ほほえむと、


「ありがとう」


 と返した。あははは、と私は照れ笑いを浮かべる。


「ほほぉう、青春だな」


 と住職じゅうしょくさんは満足そうにひげでる。


「これからも、二人で力を合わせて、頑張って欲しいモノだ」


 そう言って、一人で納得する。また、私の頭の上では、


瑠璃るり唐草からくさも居るのです! 感謝するのです!」


 とルリがさわいだ。

 今日は特になにもしていないような気がするのだけれど、私の気のせいだろうか?


 ふと優しい風が吹き、桜の花弁はなびらが舞ったように見えた。

 風の吹いた方を向くと、そこには枝垂桜しだれざくらがある。


 女性が立っていて、頭を下げた。

 地面をっていた黒い茨はもう見えない。


「気を付けて帰るのだぞ」


 と住職じゅうしょくさんに見送られ、私たちはお寺を後にした。


「また、遠回りなのですぅ?」


 長い階段を下る私に対して、ルリが不思議そうに問い掛ける。


「いいのっ!」


 と私は答えた。それよりも、優夜が無口な気がする。

 いつもより、顔が赤いようだ。照れているのだろうか?


 私の足取りは少しだけ軽くなった。

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