第4話 『友達』という単語が出て来なかったのですぅ?


「寺ですぅ♪」


 と元気にはしゃぐルリ。空を飛べるというのはうらやましい。

 私は寺の境内への階段の途中で息を切らせていた。完全に運動不足だ。


「家の中にばかり居るからなのですぅ~♪」


 社会不適合者ですぅ~♪――と言われてしまった。

 毎度のことながら、好き勝手言ってくれる。


 変だな……毎日お店の手伝いをしているはずなのに――


「今度から、もう少し外に出た方がいいな」


 とは優夜ゆうやで、笑って私の荷物を取ると手を引いてくれた。

 本当は持ってもらうつもりはなかったのだけれど、背に腹は代えられない。


 私はなんとか境内への階段を上り切る。

 そして、両膝に手を突き、ハァハァ、と息を切らせた。


「だらしないのですよぉ、白菊しらぎくぅ」


 とルリ。優夜は、


「よく頑張ったな、偉いぞ」


 とめてくれる。

 ルリは勿論もちろんのこと、正直、優しい言葉を掛けられるのも苦手だ。


 出来れば二人とも、黙っていて欲しい。

 しかし、反論しようにも呼吸を整える必要がある。


 回復まで、もう少し待たなければいけない。

 ルリは初めて来た場所に興味津々なのか、クルクルと周囲を飛び回っていた。


 優夜は荷物をかかえたまま、黙って私の回復を待っていてくれる。

 私はゆっくりと呼吸を整えた。


 背筋を伸ばすと、フゥー、と息をき、周囲を見渡す。優しい風が吹く。

 寺の境内は落ち着いた雰囲気で――というより、人が居ないようだ。


 平日の昼間は、こんなモノだろうか? 所々に木が植えられている他、池がある以外は特に私の興味を引くモノはなかった。


 いてあげるなら、枝垂桜しだれざくらだろう。

 池の近くに一本だけえている。


 開花の時期は三月から四月なので、丁度、終わってしまったようだ。

 すでに花は散ってしまっている。


 咲いている姿が見られなかったのは、少し勿体もったいない気がした。


「また来年、一緒に来ればいいさ」


 とは優夜だ。ルリといい、どうして皆、私の心を読めるのだろうか?

 私が黙って手を差し出すと、優夜は荷物を渡してくれた。


 薬壺やっこの入った木箱は風呂敷に包まれている。

 さて、これからどうしよう。


 本殿ほんでんの方に向かえばいいのだろうか?

 いや、寺務所じむしょかな?


 ここは護望寺ごうもうじ――『剛毛ごうもう』つながり――ということでハゲの人たちが多く、お参りに来るらしい。そのため、地元の人たちからは禿寺はげでらと呼ばれていた。


「『ピーター』もおまいりに来ていたのですよ」


 とはルリ。


「ああ……」


 私はこの間出会った『小さいおっさん』のことを思い出す。

 そういえば、髪の毛にご利益りやくのあるパワースポットがどうとか言っていたっけ?


 あの時は人間にとっても妖精にとっても、禿はげは共通の悩みなんだな――と漠然ばくぜんに思っていたので、今の今まで記憶から抜け落ちていた。


「髪だけに――なのですぅ~♪」


 とはルリ。だから、どうして人の考えが分かるのだろう。

 ちなみに『ピーター』は隠語いんごだ。


 飲食店なので、ウチではGのことを『ピーター』と呼んでいる。

 まさか『小さいおっさん』と間違えてしまうとは――可哀想なことをした。


 先程とは違う意味で、私がキョロキョロしていると、子供たちの歌う声が聞こえてきた。どうやら、保育園が隣接しているらしい。


 ルリが興味を持ったのか、一緒に歌い出す。


なつかしいな……」


 と優夜がつぶやいた。かよっていたのだろうか?

 いつまでも、ここで突っ立っている訳にもいかない。


 私は寺務所じむしょへ向かうことにした。


「ほら、ルリも行くよ」


 と私は声を掛ける。


「白菊ぅ、向こうにも入口があるのですよ?」


 そう言ってルリはフヨフヨと降りてくる。

 見ると門が開いており、平坦な道が見える。


 もしかして、そっちの道から来れば、階段を上らずに済んだのではないだろうか?

 私が優夜をにらむと、


「ああ、バレた?」


 と彼は然程さほど悪怯わるびれた様子はない。

 さっきは『嬉しい』なんて思ってしまったけれど――


 今は『遠回りなんてしなければよかった』という後悔こうかいの念の方が強い。

 本当は『私に意地悪するのが目的ではないのか?』とうたがってしまう。


「悪い悪い……男ってのは好きな女の子には意地悪したくなるモノなんだよ」


 彼は困った表情でそう言ったけれど、口元は笑っていた。

 私としても、怒っていいのか、喜んでいいのか分からない。


 取りえず、たたいておこう。


 ――ポカポカポカポカポカ!


「痛い痛い……」


 と優夜。その割には嬉しそうだ。


「白菊ぅ~、誰か来るのですよ?」


 ルリが教えてくれたので、私は一旦、動きを止める。

 視線を向けると、こちらにゆっくりと歩いてくる青年の姿があった。


 作務衣さむえを着ていることから、このお寺の僧侶だろうか?

 頭には和帽子を被り、なかなかの男前だ。


「これはこれは、可愛らしいお客さんですね」


 と青年――こんにちは――と頭を下げたので、私たちも挨拶あいさつをする。


「わたくし、雷清らいしんと申します。お話は住職じゅうしょくから聞いています……」


 さあ、どうぞこちらへ――と案内してくれた。

 正直、つぼを返したら、さっさと帰るつもりだったのに……。


 どういう訳か寺務所じむしょの中へまねかれてしまった。


「お二人は兄妹ですか? 仲がよろしいですね」


 と雷清さん。否定しようと思ったが説明が面倒だ。

 私が優夜ゆうやに視線を送ると、


「いえ、友達です」


 と彼が答えてくれた。


「『友達』という単語が出て来なかったのですぅ?」


 いったい、なんて答えようと思ったのですかぁ?――とはルリ。

 本当は分かっていて質問しているのだろう。たちの悪い妖精だ。


「これは失礼しました。とても仲のいい、お友達なのですね」


 と雷清さん。なんだか恥ずかしいので、言いなおさないで欲しい。


瑠璃るり唐草からくさとも仲良しなのですぅ~♪」


 そう言いながら、ルリは私の髪の毛で遊ぶ。

 これでは髪の毛が勝手に動く変な子供になってしまう。


 雷清さんは私たちの前を歩いているので気が付かないようだ。

 けれど、優夜は口元を手でおさえ、笑いをこらえている。


 やがて、雷清さんは立ち止まると、


「では、こちらでお待ちください」


 住職じゅうしょくを呼んできますね――と部屋へと通された。

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