第3話 引き籠もりのお通りなのです♪


 ここは私の居た世界とは違う。

 叔父さんは並行世界パラレルワールドだと言っていた。


 異世界とは違って、二つの世界の出来事は、おたがいに影響えいきょうし合うらしい。

 ただし、同じ人間が必ずしも存在する訳ではなかった。


 こちらの世界には私も叔父さんも存在しないのだ。

 元々は叔父さんのお祖母ちゃん――


 つまり、私にとっての曾祖母が世界をつなぐ門の一つを管理していたそうだ。

 叔父さんは見える側の人間で、私も同じだと言う。


 違うのは理解者――叔父さんの場合はお祖母ちゃんのような存在――が私のそばに居なかったことだ。


 門の管理を引き継ぐため、元の世界〈人間界〉に戻った叔父さんは偶然、私の存在を知ったらしい。


 泣きも笑いもしない私をこちらの世界〈妖精界〉へ連れてきたという訳だ。

 〈人間界〉での記憶がないから、今一つピンと来ないけれど、感謝はしている。


 恥ずかしいので言葉にすることはしない。

 多分、今までの私は死んでいたのだろう。心を殺して、生きていたのだと思う。


 辛いことがあったのか、悲しいことがあったのかは覚えていないので分からない。

 きっと、気持ちの悪い子供だったに違いない。


 それでも叔父は――よく一人で頑張ったな、えらかったな――と言って抱きめてくれた。あの時から、私の心は再び動き出した気がする。


「お遣いなのです♪ お散歩なのです♪ 引きもりのお通りなのです♪」


 その叔父さんから頼まれて、お遣いの途中なのだけれど……。

 相変わらずと言うか、なんと言うか――


 私の頭の上で妖精の少女『瑠璃るり唐草からくさ』がご機嫌な歌をかなでる。

 恥ずかしいので、変な歌詞はやめて欲しい。案の定、


なんだ、お前……引きもりなの?」


 と私の横を歩いていた烏丸からすま優夜ゆうやが笑う。

 実際には聞こえていないのだろうけど、彼は勘が鋭い。


 たまに妖精の言葉を理解してしまう時があるようだ。

 私が道を知らないので、叔父さんが彼に案内を頼んでくれたらしい。


 なので仕方なく、一緒に歩いてあげている。

 まあ、手ぐらいならつないであげないこともない。


 私は荷物を持っているし、転んで壊してしまってはいけないからだ。

 わば保険である。


「そ、そんな訳ないでしょっ! 仕事だってしてるしっ!」


 が、学校に行ってないだけだもん――と私は視線をらした。

 プッ――と優夜が吹き出し、笑いをこらえる。そして、


「やっぱ――お前、可愛いな……」


 などと言い出すモノだから、困ってしまう。

 再び顔が熱くなるのを感じる。彼と一緒だと、いつも調子が狂ってしまう。


「手をつなぎた~い♪ 言い出せな~い♪ 素直じゃな~い♪」


 なのですぅ~♪――とはルリ。

 余計なことは言わないで、いえ、歌わないで欲しい。


 ますます、顔が熱くなる。一方、なにを勘違いしたのか、


「ああ、気が付かなくて悪い」


 と優夜。空いている方の私の手を取る。

 ビックリして荷物を落としそうになった。彼は、


「荷物を持っているし、転んだら危ないからな」


 と付け加える。彼が六年生だからだろうか?

 男の子は皆、そうなのだろうか?


 友達がいない私にはよく分からない。


「それとも、やっぱり荷物は俺が持とうか?」


 と優夜が聞いてくる。

 そんなことをされては、手をつなぐ口実がなくなってしまうではないか!


「いい、私の仕事だから……」


 私はお店を出る時と同じ返答をした。

 そして、荷物を持つ手に力を込める。


 そっか!――と彼は言った後、


「別に一人で頑張る必要はないと思うけどな……」


 とつぶやく。優夜の言いたいことは分かる。

 交代して持ってもいいし、二人で持つことも出来た。


 けれど、私はそこで意固地いこじになってしまうのだ。

 素直になれるといいのだけれど、どういう訳かそれが出来ない。


 こんな可愛げのない女の子の面倒を見るなんて、優夜も嫌だろう。


「まーた、落ち込んでるのですか?」


 とルリ。いくら私以外の人には見えなし、声が聞こえないからといっても、先程からやかまし過ぎやしないだろうか?


「もう、うるさいなぁ」


 図星を突かれたため、つい、私は反論してしまった。

 折角せっかくなにも居ないように振る舞っていたのに、また誤解ごかいされてしまう。


 また?――とは、どういうことだろうか……。

 自分がなぜ、そう考えたのかは分からない。


 ただ、身体の内側からの震えと鳥肌が立つような感覚に見舞われる。

 慌てて口をふさごうにも、両手が使えない状況だ。


 ただすべもなく、口をパクパクとさせる。

 血の気が引くとは、こういうことだろうか? 顔が真っ青になっていそうだ。


「ちがっ……私は――」


 ようやしぼり出せた言葉は、それだけだった。

 優夜に嫌われる――嫌だ!――と思ってしまう。


「ああ、瑠璃るり唐草からくさだったっけ?」


 頭の上に居るの?――と彼は聞いてくる。見えている訳ではない。

 だったら、声も聞こえていて、かなり恥ずかしいことになっていただろう。


なにかが居るような気はしていたんだけどな……」


 彼は目を細くして私の頭をのぞき込むが、結局はなにも見えなかったようだ。

 ただ、気配だけは感じるらしい。


「嫌……だよね?」


 私は聞かなくてもいいことを聞いてしまう。

 皆、最初は平気なフリをする。


 けれど、次第に距離をとって、かげで悪口を言い始めるのだ。

 ギュッ、と目をつぶってふるえる私に、


「ここでは普通のことだぞ」


 と教えてくれる。叔父さんも言っていた。

 こちらの世界では妖精の存在が認められていると――


 さらに優夜は、


「悪さをする連中もいるから、なにかあったらぐに言うんだぞ」


 と忠告してくれた。一方で、


瑠璃るり唐草からくさは悪い妖精じゃないですよ?」


 ルリが暢気のんきに答える。当然、優夜には聞こえていない。

 けれど、その目は心配そうに私を見詰めていた。


 不思議だ。さっきまでは真っ黒な感情が私の心を絞めつけているようで、苦しかったのに、急にポカポカとする。


「だ、大丈夫よ!」


 と私は言い返す。いったい、なにおびえていたのだろう。


「調子が戻ったみたいだな」


 そう言って彼は笑い、私はその手に引かれるがまま歩き出す。

 しかし、優夜はぐに立ち止まると、


「そういえば、お前に謝らなくちゃいけないことがあった」


 とつぶやく。なんだろう?

 彼は私の耳元に顔を近づけると、


「実は白菊しらぎくと少しでも一緒に居たくて、遠回りする道を歩いていたんだ」


 そうささやく。


「今日はお前のことが、少し分かって良かったよ」


 彼は再び、歩き出した。


「白菊ぅ? 今度は、顔が真っ赤ですよ?」


 ルリがそんなことを言って、私の額をペチペチと叩いた気がしたけれど、それ所ではなかった。


 目的の場所までは、彼に手を引かれて歩くことが出来た。

 しかし、どう歩いたのか、道程をまったく覚えてはいない。


 これではまた、優夜に道案内を頼まなくていけないではないか!

 やっぱり、彼と一緒だと調子が狂う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る