第一章 妖精と少女のお遣い

第2話 ダメ人間の社会復帰の第一歩ですぅ~♪


「なのです♪ なのです♪ つぼなので~す♪」


 小さな妖精の少女『瑠璃るり唐草からくさ』こと『ルリ』が私の頭の上を旋回する。

 目の前のテーブルには淡い緑色の壺が置かれていた。


 なん変哲へんてつもない、古びた壺だ。

 歴史的な価値でもあるのだろうか? それとも芸術的な?


 どちらにしても、私には理解できない。


「これは?」


 私が叔父さんに質問すると、


「『妖精の薬壺やっこ』だ」


 と答えが返ってきた。けれど、意味が分からない。

 眉をしかめた私に対し、


「霊脈――つまり『妖精の通り道』に置いておくと……」


 『薬を入れてくれる』という代物だな――と叔父さんが説明してくれた。


勿論もちろん、見合った対価を支払う必要がある」


 と付け加える。少しだけ話が見えてきた。

 ここは私の元居た世界とは異なる。


 この世界では妖精や妖怪、精霊のたぐいが実在することが常識とされていた。

 ただし、誰もが妖精たちを認識できる訳ではない。


 彼らは不可視の存在であり、奇妙な隣人として存在していた。

 よって、多くの人間には見ることが出来ない。


 かんするどい人になら、なんとなく気配を感じとれる。

 そんなことがあるくらいのようだ。


 なので、私や叔父さんのような存在は重宝ちょうほうされた。

 叔父さんこと――白瀬しらせ冬華とうか――は喫茶店の店主マスターにして妖精請負人コントラクターである。


 つまりは副業で政府公認の元、人間と妖精の架け橋のようなことを請け負っていた。近所の人たちから妖精に関する困りごとトラブルを依頼されることがあるのだ。


 今回は『妖精の薬壺やっこ』とやらの調査を頼まれたのだろう。問題があるとすれば、叔父さんは――こういう依頼が好きではない――ということだ。


 私としては、ちょっとワクワクしてしまう。

 けれど、叔父さんから言わせれば『お金にならない』そうだ。


「労働には正当な対価が必要だ」


 と叔父さんは言う。世の中を正しく回すには必要なことらしい。

 でなければ、何処どこかで均衡バランスが崩れ、誰かに皺寄しわよせが行くことになる。


 私にはまだよく分からないが、大切なことなのだろう。叔父さんは私に、


「お前に、これを返してきてもらいたい」


 と言った。要はお遣いである。叔父さんが頼むのだから、危険はないのだろう。

 ただ、私はあまり外に出るのが好きではなない。


 制服も可愛いし、お店の手伝いをしている方が好きだった。


「なのです♪ なのです♪ 訓練なので~す♪」


 ダメ人間の社会復帰の第一歩ですぅ~♪――とルリ。

 仕事はしているので、ダメ人間ではない。


 けれど、将来の可能性を考えると否定はできない。


「うん、分かったよ」


 まかせておいて――と私は無理をして笑う。

 このお店に居られなければ、私の居場所はなくなってしまう。


「瑠璃唐草も、白菊しらぎくのことを頼む」


 と叔父さん。


「大丈夫なのです! 任せるのですぅ~♪」


 ルリは根拠のない自信を見せる。


「で、どういう経緯けいいで『妖精の薬壺やっこ』がここにあるの?」


 私の質問に対し、叔父さんは語ってくれた。

 この壺の持ち主は、近所にあるお寺の住職じゅうしょくさんだ。


 倉の整理をしていた際、この壺を見付けたらしい。

 大切に仕舞われていたようで、状態も良かった。


 そのため、かざることにしたそうだ。

 けれど、それ以来、夜な夜な不思議な気配を感じるようになったらしい。


 昼間はなんともないのだが――夜になると薄っすらとした白い光が現れる――という。気味が悪いので、調べて欲しいという依頼であった。


 こういった事件性のない依頼について、妖精たちが関わっている事が多い。

 それを判断するのが叔父さんの主な仕事だ。


 妖精や妖怪、精霊など不可視の存在が巻き起こす事象――【怪異事件】――を取り扱う資格を持っている。それが妖精請負人コントラクターだ。


 しかし、人材が足りていないのが実情らしい。

 そのため、政府は民間から協力者をつのっている。


 だからといって、わざわざ嫌いな仕事を何故なぜ、叔父さんが引き受けるのか?

 それは雪風さんが居るからである。


 資格を持っていると、雪風ゆきかぜさんとの結婚を国に認めてもらうことができた。

 確かに普通の人が『妖精と結婚しました』と言っても信憑性しんぴょうせいに欠ける。


 下手をすると頭の可笑おかしな人だ。晴れて雪風さんは叔父さんの配偶者となり、今では人間として、暮らすことが出来ていた。


 これは異例なことで、叔父さんはそのための対価を日々支払っていることになる。


「それで預かったのね」


 私の台詞セリフに叔父さんはうなずくと、


「昔、あの寺で使われていたようだな――対価である『お供え物』と引き換えに、夜中の内に妖精が現れて、薬を入れておいてくれる――そんな仕組みだろう」


 叔父さんの話によると――『妖精の通り道』に、この壺を飾ったことが原因で、妖精が見にきていたのだろう――ということだった。


 つまり、飾らなければ、どうということはないのだ。


「観賞用に飾るのは止めておいた方がいい」


 手違いで薬が入っていたら、対価を要求される――と叔父さん。

 興味津々といった様子で、私が聞いていたのがいけなかったのだろう。


「人間の子供を欲しがる妖精も居るからな……」


 連れて行かれるぞ――そんなことを言って私をおどす。

 不可視の存在が見える私は、彼らに興味を持たれやすい。


 あまり深入りしないように――と叔父さんなりの忠告だろう。

 現に私は、別の世界から叔父さんに連れてこられた身だ。


 なのでなんとも言えない。


「白菊ちゃんくらい可愛かったら、わたしが娘に欲しいくらい♡」


 と雪風さん。いつの間にか、私の背後に立っていたようだ。

 そのまま、ギュッ、と抱きめられてしまう。


 柔らかくて、いいにおいがする。水仕事をしていたのか、その手は冷たかった。


「そんな感じでさらわれてしまうかもな……」


 叔父さんはそう言うと、壺を布でくるみ、仕舞しまい始めた。

 私はというと雪風さんに捕まったままだ。なかなか離してくれない。


「白菊は甘えん坊ですぅ♪」


 とはルリ。正直、れない感覚に戸惑とまどっているのは事実だ。

 誰かに抱きめてもらう――


 そんな感覚は、ここに来るまでひさしく忘れていたような気がする。


「さて――そろそろ、むかえも来る頃だ」


 一緒に行ってこい――と叔父さんは立ち上がった。

 丁度、カランコロンとドアベルが鳴る。現れたのは烏丸からすま優夜ゆうやだ。


「デートですぅ?」


 ルリの一言に、私は顔が熱くなるのを感じた。

 くして、私たちは、


「行ってらっしゃ~い♡」


 と雪風さんに見送られ、出掛けることになった。

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