喫茶フェアリーガーデン

神霊刃シン

喫茶フェアリーガーデン

プロローグ

第1話 労働の後の食事は美味しいのですぅ♪


 閑静な住宅街の一角に、そのお店はある。

 昔、日本の景気が良かった時代に都市開発が行われたそうだ。


 けれど、好景気は終わり、開発は中断されてしまう。

 周囲にはお洒落だけれど、昭和を感じさせる建物が多く見られた。


 今となっては、それが逆に新しく感じる。

 私、白瀬しらせ白菊しらぎくは一人、親元を離れ、この地方都市へと引っ越して来た。


 家族のことは覚えてはいない。

 自分が小学四年生であることや、大切にしていたお人形のことだって覚えている。


 それなのに、家族のことは何一なにひとつ思い出すことはできなかった。

 しかし不安は一切ない、不思議な感覚だ。


 うんん、むしろ思い出さない方がいいのかもしれない。

 季節は春――


 新しい出会いや新天地での生活に期待と不安で胸を膨らませる。

 そのはずなのだけれど……。


「学校、行きたくないよ」


 まあ、実際に不登校である。そんな私のつぶやきに、


「じゃあ、働くしかないな」


 とは叔父さん。眼鏡の似合う知的な男性だ。

 親戚なのに、私は似ていない。


 今は開店の準備で忙しいようだ。

 学校へ行けと言われないのは助かるけれど……。


 無償で働かされているような気がするのは、気のせいだろうか?


「白菊ぅ~、おはようなのですよ♪」


 と私の目の前を光の羽を生やした小さな女の子がフヨフヨと飛ぶ。

 今にも落ちそうなのは、眠いのが理由だと思いたい。


 手のひらサイズの可愛らしい女の子だ。名前は瑠璃るり唐草からくさ

 ネモフィラの和名だ。私はルリと呼んでいる。


 居心地がいいのか、気がつくと、いつも私の頭の上に乗っていた。

 ふぁ~あ、と大きな欠伸あくびをする。


「おはよう、やっと起きたの?」


 あきれる私の台詞セリフに、


「妖精に学校はないのですよ♪」


 キリキリ、手を動かすのです~♪――とルリ。

 私だって、学校に行ってませんがなにか?


 ここは喫茶フェアリーガーデン。

 妖精たちが遊びに来る、レトロな雰囲気の不思議な喫茶店。


なんだ、サボっているのか?」


 と叔父さん。しっかりと聞き耳を立てているようだ。

 不登校についてはなにも言わないクセに、労働に関してはうるさい。


「サボってません! ちゃんと手は動かしてます」


 私が言い返すと、


「口も動かしてるのです~♪」


 とルリが付け加える。

 この妖精にも困ったモノだ。


「終わったら、外も頼む」


 と叔父さん。何だかんだで『信用されている』という解釈でいいのだろうか?

 私は「はい」と返事をした。


 店内のテーブルを拭いたら、今度はタオルをえてイスを綺麗きれいにする。

 それから、お客様がいつ来てもいいように、きちんと並べ直した。


 次はカフェテラスだ。

 今日は天気もいいので、こちらに座るお客様が多いだろう。


 いつもより念入りに拭いて綺麗きれいにする。

 すると店の外を掃除していた雪風ゆきかぜさんがやってきて、


「あらあら、頑張っているのね♡」


 と微笑ほほえむ。優しい雰囲気の、髪の長い綺麗な女性。

 どうやら、掃除は終わったらしい。今度はテラスを掃除しにきたようだ。


 雪風さんは叔父さんの奥さんで、人間サイズの妖精でもある。

 少し世間ズレしているのは、そのせいだろうか?


「働かざる者食うべからず――ですからね」


 と私は答える。

 まあ、学校へ行けよ、という話になりそうなので自虐じぎゃくネタでもある。


 私は「あはは」とかわいた笑いを浮かべた。

 本当は私が手伝う必要なんてないのだ。


 雪風さんがやった方が早く終わる。

 仕事を与えることで、叔父さんは私に居場所をくれていた。


「じゃあ、早く終わらせて朝食にしましょう♡」


 と雪風さん。ほうきを使い、一個所にゴミを集める。

 ほうきや掃除機など、子供用のサイズはこの店にはない。


 そのため、私がやると時間が掛かってしまう。

 今度、ほうきをおねだりしてみようか?


 いやいや、そんなモノを欲しがる小学四年生など聞いたことがない。

 私は右手を振り、ないないと妄想を追い払うジェスチャーをした。


 ルリが「ちゃっちゃっと働くのですぅ♪」と足をパタパタとさせる。

 人の頭の上で、やめて欲しい。


 しかし、雪風さんの掃除を黙って見ているのも変だ。


「私がやります! 貸してください……」


 と私はほうき塵取ちりとりを受け取ろうと手を差し出した。すると、


「じゃあ……」


 と雪風さんが塵取ちりとりを貸してくれた。


「わたしが掃くから、持っていてね」


 とほんわか、笑顔を浮かべる。

 可愛らしい。叔父さんは、この笑顔にヤラレタのだろう。


 それに引き換え、私の頭の上にいる妖精ときたら……。


「頑張るのです~♪ あたしの朝食のために~」


 フフン♪――と楽しそうだ。いい加減、頭から降りて欲しい。

 掃除が終わると手を洗って朝食だ。


 これが、ここ最近の私の一日の始まりである。

 労働というとうとい一日の始まりだ。


 席に着き、皆で「いただきます」を言う。

 何度なんどやってもれない。


 部屋で独り寂しく、食パンを食べている光景が浮かんだ。


「労働の後の食事は美味おいしいのですぅ♪」


 とルリ。いつの間にか、私の頭の上からおりていた。

 いやいや、あなた働いてないからね。私の頭の上に居ただけだから……。


 それでいて、食べる量は私と変らないのだから不思議だ。

 毎度のことなので、ツッコミを入れるのも面倒になってくる。


「ほら、こぼしてる……」


 私はルリの口の周りを拭いてあげる。


「ありがとうなのですよ♪」


 とルリ。世話の焼ける子供のようだ。

 そんな風に私たちが朝食をとっていると――カランコロンとドアベルが鳴る。


 今日は、このタイミングらしい。

 おはようございます――と挨拶したのは、私より二つ上の先輩だ。


 六年生の男の子で、名前は烏丸からすま優夜ゆうや

 毎朝、私を迎えに来てくれる。


 トーストを食べようと口を開けていたのだけれど、それをあきらめた。

 私は立ち上がると、店の入口へと向かう。


 その前に髪型を鏡でチェックだ。よし、今日も可愛い。

 私の姿を目にすると、彼は微笑ほほえみ、


「おはよう」


 と挨拶をする。よくも飽きずに毎朝、来るモノだ。


「おはようございます。りないですね」


 ペコリと頭を下げ、私が返すと、


「頼まれているからな……それに白菊のことは嫌いじゃない」


 と告げる。そういうことをサラリと言う所が嫌いだ。

 勘違いしそうになる。


「今日は食事中だったか……」


 店内に漂う匂いをいで――すまない――と優夜は謝った。

 謝るのは毎日、無駄足を運ばせてる私の方だと思うのだけれど……。


 しかし、彼は私を責めるようなことは言わない。


「また明日も来る」


 それだけ言い残して、あっさりと出て行ってしまった。

 別にもう少し話していても良かったのに……。


「一緒に登校すれば、もっとおしゃべり出来るのですぅ~♪」


 いつの間に、私の頭の上に乗っかったのだろうか?

 ルリが――ここにも春が来たのです♪――と笑った。


 勝手に人の心を読まないで欲しい。

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