第3話 ギルドへの到着
俺は心地良い緊張感を感じながらギルドの建物に足を踏み入れる。空気の質が変わったのは気のせいではないだろう。
ここはただの人間が集う建物ではないし、それが俺の神経を否応なしに鋭敏化させる。
俺が前に進み出ると、この世界の靴を履いた足が少し柔らかめのカーペットを踏み締めた。
踏み心地の良いカーペットの上を歩きながら建物の中を見ると、そこはホテルのロビーのようになっていた。
高級ホテルとまではいかないがビジネスホテルくらいの立派さはある。修学旅行で行った京都のホテルを彷彿とさせるな。
そんな室内にはソファーやテーブルのような調度品があり、そこかしこに観葉植物も置かれていた。
天井からは派手さをあえて抑えたようなシャンデリアも吊るされている。上の階へと上がる階段も芸術品染みていた。
大通りから外れた路地にあった建物なのでもっと見窄らしい場所を想像していたが、なかなか見栄えの良い室内になっているな。
こんな場所をギルドの本部にしている人たちはきっと良い連中だ。住まいは住人の心を映し出す鏡とも言うし。
だから、俺も期待に胸が沸き立つのを感じた。
俺は心が自然と落ち着いていくのをつぶさに感じながら受け付けカウンターの方に歩いていく。
すると先を歩くアルネリアスがカウンターの内側にいる女性に話しかけた。
「お久しぶりね、ミレイ」
アルネリアスがフランクな態度で、緑色の髪をしたちょっと耳の形が変わっている女性にそう言った。
「あなたもね、アルネア。あなたがこの本部に顔を出すなんて、一年ぶりくらいじゃないかしら?」
ミレイと呼ばれた女性は貞淑な感じの笑みを浮かべながら受け応える。アルネリアスとは随分と仲が良さそうだ。
「神界での仕事が思っていた以上に忙しくてねー。だから、ゆっくりとお酒も飲めやしないわ」
アルネリアスは女神にあるまじき態度で愚痴をこぼす。こういう奴が神様をやっているから世の中が一向に良くならないのではないだろうか。
アルネリアス以外の神にも是非お会いしたいね。そうすれば世界の不条理も半分くらいは説明できそうだ。
「酒乱のあなたはそれくらいがちょうど良いのよ。あなたに貸している酒代はその内、しっかりと返してもらいますからね」
「分かってるわよ。今月からまた神界の仕事の給料が下がるって言うし、人生、やってられないわ」
「コラコラ。神様がそういう悪態をついたらダメでしょ」
ミレイさんがそう嗜めるとアルネリアスは大仰に肩をすくめる。
「それもそうね。ところで、この世界のことについては右も左も男の子を連れてきたんだけど、あなたのところで面倒を見てもらえないかしら」
「もしかして、別の世界からの転生者?」
「そうなのよ。最近は転生させてまで生き長らえさせる魂の持ち主がいなくてね。やっとのことで見つけたのがこの子なのよ」
アルネリアスは俺の肩を乱暴にバシバシと叩いた。これには俺もムッとしてしまうが、そこは大人になるように我慢する。
ここに居るのがアルネリアスだけだったら声を荒げているところだが、ミレイさんにそんな狭量なところは見せたくない。
今はこいつの横暴に黙って耐えるしかないのだ。
「どこが気に入ったわけ?」
「ツボにハマったと言って欲しいわね。この子、自分の家に迷い込んできた猫を拾ってあげたのよ。優しいでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……」
「家の人たちはこんな汚い猫は飼いたくないって猛反対。でも、この子はそれを押し切って猫を飼ってあげたの。その様子を見ていた私は号泣だったわ」
その猫は今でも家で飼われている。家族連中の情もだいぶ移っているので、俺がいなくても大切に飼ってもらえるだろう。
もし、猫を助けなかったら、俺には天国も転生もなかっただろうし、これが本当の情けは人の為ならずってやつかな。
「でも、そんな男の子が良くあなたの都合に合わせるように死んでくれたわね」
「だから、私もビックリしてるのよ。これはもう運命と言っても良いわね」
「まさか転生者にしたくてわざと殺したんじゃないんでしょうね? もしそうだったら私、あなたとの縁を切るわよ」
ミレイさんの視線が刃のように鋭くなった。それに対し、アルネリアスはにやけた顔で言い繕って見せる。
「さすがの私もそこまではしないわよ。私だって腐っても神だからね。そこまでのロクデナシじゃないわよ」
その返答を聞いても、俺はこいつならやりかねないなと冷めた心地で思っていた。
「なら良いけど」
ミレイさんが疲れたように息を吐くと、どこからともなくフクロウが羽ばたきながらこちらに近づいてくる。かなり立派なフクロウで、映画とかに出てきそうな奴だった。
そんなフクロウは口に手紙のような物を咥えていた。
「フクロウ便が私に手紙? 何だか嫌な予感がしてきたわ」
フクロウは優雅にカウンターの上に降り立つとアルネリアスに咥えていた手紙を突き付けてきた。
アルネリアスは手紙を受け取ると封を開けて中の便箋に目を走らせる。
すると、アルネリアスは手紙を握る手をブルブルと震えさせ始める。それを間近で見ていた俺は、自分の方にも寒気が押し寄せてくるのを感じた。
「えーーー!」
手紙を読み終えたアルネリアスは脱力したようにその場にへたり込むと情けない声を上げた。
このオーバーすぎる反応には俺もポカーンとしてしまう。何事だって言うんだ。
「どうしたのよ?」
ミレイさんが困惑気味に尋ねる。
「私、地位が降格して、転生者の保護観察役になっちゃったわ。こんなのあんまりよーーー!」
アルネリアスは手紙を破り捨てるとその場で泣き出した。そのみっともなさは筆舌に尽くし難い。
「つまりこの男の子の傍から離れられなくなったってこと?」
「そうよ!」
アルネリアスは俺の顔を親の仇でも見るように睨みつける。そんな風に俺に敵意をぶつけられても困る。
こいつがどんな目に遭おうと俺には預かり知らないことなんだから。
ま、泣いているこいつを見て少しは良い気味だとか思ってしまったけど。
でも、この世界に一人で放り投げられることを考えれば、こんな奴でも傍に居てくれた方が心強い。
俺の新たな人生のためにもこいつにはとことん付き合ってもらおう。
そこに変な道義心は持ち込まない方が良いし、たぶんそれがお互いのためだ。せいぜいビジネスライクな関係を築いてやろう。
まかり間違ってもこいつに恋愛感情なんて持たないようにしないとな。それは人生の墓場だ。
こうして俺とアルネリアスは一蓮托生のような関係になり、離れたくても離れられなくなったのだった。
どこまでも王道的な異世界転生をしてしまった俺は女神と共にリア充生活を送ります。 カイト @kaitogo
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