第2話 女神アルネリアスの案内

 魔法陣の光に包まれた俺はいつの間にか今までいたところとは違う場所に立っていた。


 そこは石や煉瓦で造られたような建物がズラリと立ち並び、地面も整然とした石畳みになっていた。

 まるで中世のヨーロッパを下敷きにしたような風景。どことなくビルのように縦に長い建物が多いのが独自性か。建築技術の高さは伺えるな。

 ただ、化学的な文明の臭いはまるで感じられない。道には街灯一つないし。でも、かなり洗練された文化の臭いは漂わせている。

 この分だと産業革命みたいなものも起こってはなさそうだ。


 その証拠に、道の中央を現代の日本ではあり得ないような馬車が往来している。車なんてどこにもないし、バイクや自転車もない。

 せめて自転車くらいはあって欲しかったが、無いものは無い。


 この世界では移動手段に苦労しそうだ。


 一方、通行人たちの服装もやはり日本のものではなく、昔のヨーロッパで見られたようなものだった。

 更に特筆するべきことに、歩いている人達の中には明らかに人間ではない者たちが紛れていた。


 美しい容姿に耳の長いエルフのような人。


 手や足が異様に短くてずんぐりとした体付きをしているドワーフのような人。


 頭からは獣のような耳を生やし、お尻には尻尾のようなものもついている獣人のような人。


 トカゲのような顔をしたリザードマンのような人。


 とにかく、よく観察すれば道には人間だけでなく亜人のような人たちもたくさんいた。


 それがなんとも言えないエキゾチックな空気を醸し出させていて、ファンタジーのような世界観を造り上げていた。


 って、ここは正真正銘のファンタジーの世界か。


 でも、イメージしていたところよりも、ずっと魅力的だ。この世界なら俺も何か大きなことをやり遂げられるかもしれないな。


「ここがアルレガイアか。随分と刺激的なところじゃないか。気に入ったぜ!」


 俺は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じてガッツポーズを取った。こういう世界に連れて来られると、異世界転生、万歳と言いたくなるな。


「そう言ってもらえると、この世界の女神として鼻が高くできるわね。あなたもこの世界の人たちのように私を敬いなさい」


 アルネリアスは砕けたように言って、胸を張った。


「それは嫌だ。あんたは何というか敬意を持って接するのが癪に感じられるタイプの人間だから」


 こういう印象を持つ女の子は初めてだ。だから、こうして気楽に接することができるのかもしれないが。


「私を軽んじると痛い目に遭うわよ。ま、私としてもあなたなんかに敬われても嬉しくも何ともないけど」


「なら最初から言うなよ……」


 俺はジト目で答えると言葉を続ける。


「でも、こんなところで、俺はどうやって生きていけば良いんだ? あんたが金でも出してくれるのか?」


「まさか。自分の食い扶持くらい自分でなんとかしなさい。私ができるのは最初の補助的なことだけよ」


 だと思ったよ。

 最初から裕福な生活をさせてくれる訳がないとは思っていたが、無一文からのスタートなのか?


「マジかよ。異世界に来てまで働けとか言われるのか? それなら元いた世界で引き篭もり生活をしていた方がまだ良いぞ」


 この世界にはテレビもパソコンもない。それに変わる楽しみがこの世界にはあるのかもしれないが、働くのは嫌だ。

 日本の娯楽を超える楽しい仕事があるって言うのなら話は変わってくるが。


「それはできない相談ってやつね。いい加減、元の世界の人生は終わったってことを受け入れなさいな」


 アルネリアスはにべもなく言ったが、そう簡単には気持ちの切り替えはできない。まあ、俺のことを厄介者扱いしていた家族に未練はないが。


「……分かったよ。でも、そうなると何よりも先に仕事を見つけなきゃならないってことだよな」


 俺は暗澹たる気分で言った。


「そうね。ま、あなたの身体能力はそこそこのレベルまで強化してあるし、冒険者にでもなったらどう?」


 俺の体に特に変わったところはない。ただ、着ている服はいつの間にか変わっていて、この世界に準じた物になっていた。

 これで剣とかも持っていたら、もう少し心を大きく持つことができるんだが。


「やっぱり、異世界ときたら冒険だよな。となると冒険者ギルドを探さなきゃならないんだが、場所が全く分からない」


「私があなたのような実績ゼロの人間でも加盟できるギルドに連れてってあげるわよ。そこまでが私にできることね」


 アルネリアスは悪女のようにせせら笑った。こいつが神をやっている世界なんて何だかロクでもない物のように思えてきたな。

 でも、この世界の女神を自称するだけあって、少なからずの頼もしさは感じるし、今は素直にこいつに従おう。


「じゃあ、そうしてくれ」


 そう言うと、俺は一抹の不安を感じながらもアルネリアスに案内されるまま道を歩き出す。

 アルネリアスは最初にいた大通りから薄暗い路地へと足を踏み入れる。路地には怪しげな露店が所狭しと立ち並んでいた。

 この路地からは猥雑な臭いがプンプンする。


 俺は露店で売られている豆に目が吸い寄せられる。何とも香ばしい匂いが漂ってくるのでザルに入った豆を一掴みしてみたくなった。

 すると前を歩いていたアルネリアスが無造作に豆を掴んで、それを口に放り込んだ。店主は俺にも視線で促してきた。なので、アルネリアスに倣って掴んだ豆を口に入れる。

 すると、変わってはいるがとても旨い味がした。


「この店の豆はいつ食べても美味しいわよねー。あんまり食べすぎるとお腹を壊すけど」


 そう言ってアルネリアスはお金も払わずにまた歩き出した。どうやら手掴みができる豆はタダらしい。

 この世界は食の面でも期待できそうだな。


 他にもっと楽しめることはないものか。


 そんな下心的なことを考えているとアルネリアスがピタリと立ち止まった。急に止まったので俺はアルネリアスの背中にぶつかってしまう。


「何、ボーッとしているのよ。とにかく、着いたわよ。ここが私、一押しのギルド、ヒゲ猫団よ!」


 アルネリアスの前には縦に長い重厚な感じの建物が聳え立っていた。周囲の建物とは一線を画す雰囲気がある。

 それを感じ取ると何だか武者震いがした。

 この建物に入ればゲームなどで憧れていた冒険者になれる。こんなに血が騒いだことは未だかつてない。

 第二の人生を良いものにできるかどうかは俺の強い意志にかかっている。


 よし! 


 今度は逃げることなく自分の人生と真っ正面から向き合ってみるか。この世界でもダメ人間になったらもう行くところはどこにも無いからな。


 できるか、できないかじゃなくて、やるしかないだ。


 今後ばかりは絶対に逃げられない。


 こうして、異世界にやって来た俺は第二の人生を歩むべく、冒険者としてのスタートを切ることになった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る