Soulectric Anthem

 朝からきよさんのレッスンが始まった。

「足と手は同時に出すんじゃないよ!」

「また腰ごと動いてるね!」

 神楽の動きは難しかった。重心の置き方、力の入れ方が今までやったダンスとは違った。きよさんのレッスンは完璧になるまで続いた。

 気がつけば、武道館まで残り1日だった。俺たちは神楽を覚え、最終調整に入っていた。

「様にはなったね」

 本田に背負われ、きよさんは言った。

「たっ大変だっ!」

 突然、社の外が騒がしくなる。

 文治さんと村長が駆けてきた。朝はフェンスの点検に出ていたはずだ。村長の頭に包帯が巻かれている。

「大群が!」

 本田がきよさんをおぶり、俺たちは外に出た。風に乗って腐った臭いが鼻をつく。柵が見える場所まで行くと灰色の死者が海をつくっていた。

「どうして……」

「町長です」

 村長が話しはじめた。

「まだ隣町が湖に沈んでなかった頃、町長は「楽しいことがあったら教えてくれよ」と亡くなるまで言っていました。こんな場所だから、町おこしは死活問題だったのです」

「じゃあ、死者は町長が?」

 JJが言った。

「この3日間、村は過去になく盛況です。見逃すはずがありません」

 村長はブガルーゼムを見た。

「Soulectricsの皆さん、きよさん。お願いします。これは隣町の最後の死者の列です。町長たちを鎮めてはもらえませんか」

 ブガルーゼムが頷いた。やらない理由はなかった。きよさんがバズの背中で笑った。

「学校に行くよ!」

「村長は任せて。あとで会いましょう!」

 本田が村長の手当てに入った。

 きよさんは本田から素早く降り、ポッピン・バズの背中に乗った。


 校庭には一段高くしたステージが出来ていた。それを囲むようにスピーカーが並ぶ。形は様々で各家からかき集めてきたようだ。

「要塞って感じだ」

 ステージの向く正面には一本道が続いている。給水塔の向こう側、突き当たりには、死者を隔てる門がある。文治さん曰く、住民が村を改造し、死者たちが迷わず学校に来れるようにしたようだ。

「あれは?」

 JJが指さす。住民がステージの四隅に柱を立てている。

「松の木さ。囲んで結界を作るんだよ」

「きよさん! もうOKよ!」

 ステージ上で老婆がスピーカーをたたく。

「やるよあんた達!」

「足はいいのか」

「フランクや。心配してくれるのかい? アタシはバズの上で指揮取りさ! さぁさ上がった上がった!」

 きよさんはバズの筋肉で盛り上がった肩をバシバシ叩く。

「いいのか、バズ?」

「年寄りは労わらないと」

 いくつもの死線を越えた元ギャングスタは、そう言ってステージに上がった。

「俺は含まれないのか」

 ブガルーゼムが上がり、JJと俺もステージについた。

 門の周りが騒がしくなる。死者の唸り声が耳を聾する。

「スピーカーはBluetoothだからね! 頑張りなさいよ!」

 老婆が合図を送ると門が開きはじめた。死者が雪崩れ込む。

 きよさんが大きく息を吸う。神楽の祭文を詠んだ。澱んだ空気が洗われる。

「やるぞ」

 ブガルーゼムの言葉とともに、爆音のファンクが鼓膜を打つ。ザップ&ロジャーの「In the Mix」だ。

 野外の爆音で踊るのはいつだって気持ちいい。

 ステージに死者が接近する。白い眼で、乱杭歯を見せつけてきた。映画で慣れっこだと思ったら大間違いだった。

 ボーカルのロジャー・トラウトマンが高らかに歌い上げる中、16ビートで神楽のステップを刻んだ。5人で考えた振り付けだ。小刻みに両足を踏み出す。

 噛みつかれる瞬間、花火を水につけたみたいな音がした。死者は青い炎に変わっていた。

 またきよさんがバズの肩を叩く。「どんどんやれ」の合図だ。

 横一列に並んだまま、右に腰のロール。遠心力で音楽を振りまく。死者たちが来るたび炎をあげる。歓声と讃嘆の代わりに死者の灰が風に渦巻いた。

 ダンスに生き死には関係ない。山のような死者は、今ではライブハウスで見る観客と大差なかった。客が沸けば、俺たちもそれに応える。夜になっても、身体に力が漲っていた。

 死者はまだまだ詰めかけてきていた。

 突然、音楽が途切れた。振り返ると、スピーカーが煙をあげていた。音楽の陶酔が消え、身体が急に重たくなる。合間に老婆が差し入れてくれた麦茶を飲んでも変わらない。

 校庭の水銀灯に灰色の大群が照らされる。

 ステージの脇で発砲音がした。ライフルを文治が構えていた。一本道に聳える給水塔が軋む。轟音とともに傾き、水がぶちまけられた。死者たちが一斉に押し流された。

「時間は稼いだぞ!」

 文治が叫ぶ。今度はマイクにスイッチが入る音がした。音響が村を包んでいる。

「防災無線か!」

 きよさんが声を上げる。

「聞こえますか! スピーカーの代わりに使ってください! 選曲は私が務めます!」

 本田の代わりにダフト・パンクの「Harder Better Faster Stronger」が流れ始めた。

「悪くない選曲だ」

「ありだ。最高にありだ」

「前夜祭といくよ!」

 結局、俺たちは次の朝まで踊り続けた。防災無線の割れた音で筋肉が痺れるくらいに踊った。

 太陽が上りきった時、向こうが見えないほどいた死者たちは消え去っていた。うめき声はいつしか、風でざわめく木々の音に変わっていた。

 ブガルーゼムのスマホが鳴る。主催者は狙い澄ましたようなタイミングで電話をかけてきた。

「10時に間に合わなければ日本では踊らせないらしい」

 俺たちは笑った。今日だけで一年分踊ったのだから尚更おかしかった。

「何時だ?」

 JJが尋ねる。

「8時です」

 駆けつけた本田が答えた。

 ブガルーゼムが懐から200万円を出す。俺たちもそれに倣って本田に渡した。

「頼みがある」


……………………


 俺は鏡を見る。顔に汗は浮いていない。衣装のズートスーツも完璧だ。俺たちは互いを見て頷く。

 楽屋を出て、舞台袖に近づく。MCの声がはっきり聞こえた。オープニングの「In the Mix」がかかると、歓声が轟く。興奮と熱狂が粒になって肌にぶつかる。

 袖から出ると、さらに歓声は大きくなる。今日の俺たちは違う。それを客が感じ取ったのだろう。

「Soulectrics!Soulectrics!Soulectrics!」

 そう。俺たちはSoulectrics。これから歴史に名を刻むダンスチームだ。

 ステージに立つ。俺たちは身体を弾いた。

【了】

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