What's My Name?
陽が傾き、木々の間から赤と青の空が見えた。羽田を出て4時間たっていた。車は高速を降り、狭い山道を進んでいる。山道はカーブが多い。見通しが悪いなか本田は難なく運転する。
道なりに進むと、横断幕のかかった木製の門にたどり着いた。英語で「青海村にようこそ!」とある。本田が住民に教えたのだろう。集落の周りにフェンスが設置されていた。
本田が右手を窓から出す。二、三度、手を振ると門は開いた。
「あれを」
本田が指さす先に、フェンスにぶつかる人影がいた。
「学校周りにはもっといます」
「まじかよ……」
門をくぐると、後ろの車が散っていった。
車は坂を登る。駐車場に着くと、ブレーキをかけた。外は湿気を含んだ風が吹いていた。林の木々が音を立てる。
目の前には大きな赤いオブジェが立っていた。本田はそれを「鳥居」と教えてくれた。その向こうには石畳が続く。俺たちは本田についていった。
「あっ!」
文治が叫んだ。
石畳の向こうに、木造の厳しい建物がある。こちらにくる人影があった。ひとりはTシャツにスウェットパンツの老婆だった。もうひとりは、心配そうに老婆の周りをうろちょろする老人だった。
「村長、これは?」
「すまん。本田くん。きよさんが神楽をするって聞かなくて……」
「きよさん。まだ動いちゃダメです」
老婆の右足に包帯が巻かれていた。
「心配症だね! アタシはこの通りピンピンさ!」
「ダメです! 朝言ったダンサーの方々もきましたし……」
ぐるっと首を回し、きよさんは俺たちを見た。目を細め、端から全員にガンをつける。しばらくして、鼻で笑った。
JJが舌打ちすると、きよさんは首がねじ切れそうなほどの速さでJJを見た。つかつかと歩み寄り、踵を上げて顔を近づけた。
「カリフォルニアの常識は通じないよ小僧ォ」
JJときよさんが睨みあった。
俺がふたりの出方を伺っていると、ブガルーゼムのスマホから音楽が聴こえた。最大音量でザップの「Dance Floor」が流れてくる。
「きよさん。まずは自己紹介といこう」
俺たちはビートに合わせてきよさんの前に出る。俺たちのダンスはポッピングだ。筋肉に一瞬、力を入れて弾き、身体からビートが放たれるように見せる。
「フランク!」
2×8のソロパートだ。俺以外の三人が動きを止める。ビートに合わせ、脚を別々の生き物みたいに暴れさせる。
「JJ!」
JJはパントマイムを組み込んだソロを見せる。
「おおっ!」
村長が声をあげた。JJが飲んだくれにもカカシにも見えたのだろう。
「ポッピン・バズ!」
入れ替わるように、ポッピン・バズが動きだす。彼は身体中の筋肉を自在に動かせた。指先を曲げて波をつくる。首を通り、胸から膝までシンセに合わせて波が通る。
「おおっ!」
文治さんが叫んだ。ポッピン・バズが文治さんにウィンクする。
「ブガルーゼム」
ブガルーゼムは流れるように膝や腰の関節をロールさせる。身体を弾きながら、彼の魅せる膝のロールでズートスーツが豪快に揺れる。ドープだ。俺が憧れる男は異国の地でも自分のムーブを貫いた。
今度は4人で踊る。スネアを弾くたび、全身がグルーヴする。文治さんと村長は曲に合わせて揺れていた。いつのまにか他の村人たちも来て賑やかになっていた。
見ていたはずのきよさんが俺たちに混じっていた。
「なかなかスジは良さそうだね」
そう言って、きよさんがステップを踏み始めた。
空気が変わった。不思議な音の取り方だった。地面を踏んでいるのに音が遅れて聞こえる。足が見えているはずなのに、一本にも三本にも見えた。
「やべえ……」
バズが珍しく顔を綻ばせていた。
曲が終わると、ブガルーゼムがきよさんに手を差し出す。きよさんが固い握手を交わした。
「無理しないでくださいよ」
本田がきよさんに背中を貸す。
きよさんは本田におぶられながら文句を言っていた。
「なにボサッとしてんだい! 早く社に入りな。明日の6時から練習だよ!」
見送る俺たちにきよさんは言った。俺たちも後を追った。
正直わくわくしていた。神楽とポッピングが何を起こすのか楽しみだった。
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