第21話 虚数の国
絶叫が沸騰する、
とわたしは予感していた。
わたしは日巫女に付けた呪いの♯を基点にバイオセンサーを侵入させて、その肉体を裏返しに引き裂く。その結末のはずだった。
しかし彼女はすっと醒めた表情で睫毛を閃かせた。
「やっぱり敵性なのね、那由多」
わたしは後退した。耐性被膜は何重にも張っている。前回みたいに簡単にシャットダウンはされない。スペアの電子体も磁空領域に待機させている。
その状態のなかで、香澄にリンクしてコンタクトする。
『どう、発射シーケンスは起動した?」
『準備万端です。那由多さま』
逡巡などはなかった。
一瞬の遅滞で、全てを黒く塗り替えられる。そんな相手だ。
『インドラの矢の起動実行。ごめんなさいね、香澄。貴方の肉体を座標に発射するわ。その地点の大気流動シーケンスを衛星に送ってね。有り難う』
『こちらこそ、那由多さま。親しくして頂いて。有り難うございます』
肉感的な、重たいキスの音。
苦い毒素の味が口中に拡がった。
そうまるで耳元に吐息の感触まで伝わるような官能的な、その音。
わたしは、そう私はそれを聞いたことがある。
『これでお別れね、千晃。そういえば家庭菜園のトマトは高く売れたの?』
香澄ではない。『彼女』だった。
キスは電話を切る時の、約束。
そう正体が掴めずに、情報屋の牟田口に調べさせても掴めなかったその正体。当然のことよ。彼はあちら側のrecruiterのひとりだった。
動画ファイルが送られたきた。
香澄が右手でスマホをかざして自撮りをしているようだ。わたしの秘蔵っ子だったはずの娘。その彼女がいるのは、山中の地中メインケーブルの変圧基点ではない。
そこは牟田口の部屋。
そのPCデスクに座っている画像。
わたしの本体であるPCの前にいる。
その可愛い唇に、手榴弾のピンを咥えている。左手でそれを支えてにっこりと微笑んでいる。そのピンさえなければ魅力的に見える。
いつから。
いつから私はモニターされていた。
いつから。
牟田口が接触した時から?
牟田口は政府派遣のrecruiter。だから安定した電源を持ち、充分な食糧の配給もあった。彼は解析プログラムエディターに仕事を振りながら・・訓練と選別。
そして監視役として、香澄。
そう声音くらいどうにでもなる。
ソウルハックも自在だ。
まして日巫女であれば、電子体を造作もなく受肉できる。
「発射します」と躊躇なく香澄は八重歯でピンを引き抜いた。
爆破まで、5秒。
わたしは。
監査プログラム♯2784690028888200100002034489000199002
今日も演算を
した。
時々は
メンテナンスの 間に
数値以外の 思考が
許されて い る。
だって わたしは 有機型コンピュータ
色んな判断が Programだけでは
アルゴリズム的に
でき ない 思考
言語は 論理 は
数値化
できない か ら
重用 されているの。
とっても 誇らしいわ。
そう。 日巫女さまの
指示があるから それは 絶対
だって
ここ
は
虚数の国。
《了》
虚数の国 百舌 @mozu75ts
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