第23話 選択肢の行方

「アンジー、彼が困ってるようだから、ビアンカ夫人に肩か手を貸してやってくれないか?」

「え? はい、わかりました……ふふふ、夫人、こちらに」

アンジーが少しからかうような楽しそうな言い方で、ウェイターの腕から白ネズミをひょいと持ち上げる。長く綺麗なヒゲを揺らして何事かを訴えようとする彼女の言葉がわかるのは、この場ではアルフレッドだけだった。アンジーにとっては、孤児院の小さな住民である灰色ネズミ達よりも美しい、白いネズミに興味津々だった。

(孤児院の灰色ネズミ達が平民なら、この子はネズミの貴族とかなのかしら)

そんなことを考えている彼女の手の中で、トクトクとネズミの心臓が早い鼓動を打っている。その命のぬくもりを感じているアンジーの横で、エスメラルダの目には死の選択肢がいくつも見えていた。

 逃げるか死ぬか飲ませるか、事態の打開を狙おうとする暗殺者の迷い。捕らえる、告発する、などの中から、斬り捨てるの選択肢が新しく生えてきたアルフレッドの迷い。エスメラルダがちょいとつついてしまえば、彼らの心を操るのは難しいことではないだろう。

(魔法をちょっと使ってしまえば、迷い迷ってブレ続ける針を留めるのは簡単。それで、人の生死も決まってしまう)

今まで、エスメラルダがこの精神操作の魔法に目覚めて以来、彼女はそれほど大きな選択を操ったことなどなかった。「今日のお嬢様たちへのおやつは、プリンかケーキか」を迷うシェフ。「新しく娘に教える刺繍の紋様は、波か花か蔓草か」を迷う母。「姉へのプレゼントは、ハンカチか刺繍枠か」を迷う弟。そういった小さな選択肢だけに、魔法の手を伸ばしていた。

 最初は、心を読んだのかとも思った。エスメラルダが思った通りにおやつがプリンになったり、花の模様を教えてもらったり、刺繍枠をもらったりしてきた。それは当人達は自分の意志で決めていたらしいと知った時、恐ろしくなったエスメラルダはすぐにその話を父にした。

 ―――父が知らないことが、ひとつある。エスメラルダにある程度の事情を明らかにするということを決めたのは、父ではない。まだ幼い娘に事情を話すか否か、父は迷っていたのだ。そして、口を開かせたのは、エスメラルダの魔法だった。父は娘を信用して事情を話したと思っているが、それさえもまた精神操作の結果なのだ。父親には、絶対に言えないが。

 結局、彼女が選択肢の針を定めてしまうより前に、事態は決まってしまった。


 ウェイターが手を伸ばして、エスメラルダにぶつかろうとしてくる。選択肢は「逃げる」、すり抜けるには邪魔な位置にいるエスメラルダを押しのけて、多少強引にでも立ち去ろうとしたのだ。婚約者候補ではなくなった彼女は、アンジーよりは何かあっても王家の怒りを買わない存在になっている。

「きゃっ! なんですの!」

強い力で押しのけようとした男に対して、わざと大きな声で抗議する。何か騒ぎがあったのか、と人々の目が向けられる中、男の姿がシャンデリア近くの中空に吹っ飛んだ。そして、そのまま落ちてこないで浮き続ける。

「……うちの娘に何してるのかな?」

それは目に剣呑な光を宿した父親と、その周囲に侍る彼の友人たちの仕業だった。

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