第22話 毒杯はいずこ?
エスメラルダ・アシュクロフトは悩んでいた。彼女達三人に手渡された杯。どれも同じように、ワインが注がれた同じデザインの三つの杯。エスメラルダがどう答えるか思案している間に、アルフレッドが「それはいい、いただこう。ほら、アンジーとアシュクロフト嬢も」と三つとも受け取る。
「ああ、それと君。何か軽く食べられるものをレディ達に」
「……かしこまりました」
恐らく本当は立ち去りたかったのだろうウェイターが、笑顔の仮面の下で選択肢がぶれているのが見える。毒が混入されているような事態になったら、真っ先に疑われるのはそれを運んできた者だ。だから、暗殺者は死兵か、逃げる手段を用意しているかのどちらかになる。今回のウェイターは杯を渡してさっと離れる予定だっただろうが、食べ物が欲しいという王子からの要望を無碍にすることなんてできない。一般の使用人を装っている以上、それを断ったり他の使用人に回す方が不自然だ。
「ありがとうございます、アルフレッド様」
「お酒、あまり飲んだことないので……食べるものがあるのはありがたいです」
アンジーの言葉に、エスメラルダはつい微笑ましくなってしまう。飲み水より酒の方が安い地域もあるとは教科書で習っていたが、戦後復興の一環で治水を整えているから、都の孤児でも新鮮な水を得ることはできていた。だから、今のこの国で子供の頃から酒を飲むのはパーティーに出る貴族階級の子供達くらいだ。
「あら、でしたらいただきましょうか?」
「い、いえ……せっかくの機会ですから、飲んでみたいです」
それとなく杯を回収しようとしたエスメラルダの提案は断られてしまったが、彼女がそう言っている間にウェイターが戻ってきた。その手の盆の上には、チーズをのせたクラッカーがいくつかあった。何種類かのチーズをのせたものを持って来たらしく、チーズの色が何種類かあった。
「どうぞ、好きなものをお取りください」
エスメラルダの目には、何らかの誘導を示唆する選択肢は見えない。だから彼女も普通にチーズクラッカーを取った。アンジーやアルフレッドもそれぞれ手に取ったところで、「チチチ」と小さな鳴き声がする。
「う、わっ」
白くてふわふわの毛並みに、長い尻尾。どこから入ってきたのか、一匹の白ネズミがウェイターの腕によじ登っていた。
「おや、"ビアンカ夫人"がこんなところに来るだなんて珍しい」
アルフレッドの旧知のネズミらしい彼女は、エスメラルダ達の選ばなかったチーズクラッカーをひょいっと手に持って「チチチ」とまた鳴いた。
(アルフレッド様と、何か話しているのかしら)
アンジーはネズミを見ながら「さすが、お城のネズミは綺麗ですね」とどこかズレたコメントをしている。
その時、アルフレッドに選択肢が浮かんだ。
「捕らえる」「告発する」「突き出す」
ビアンカ夫人が何かを彼に伝えたのだろう。エスメラルダはそっと、ウェイターが立ち去りにくいように自分の立ち位置を調整した。
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