第21話 エスメラルダ・アシュクロフトの力

 エスメラルダ・アシュクロフトの目には迷いが見える。それはいくつかに絞られて迷っているときに限られるが、彼女の目はそういった「選択肢」を視、彼女が望めばそれを操作する力も有していた。それを知るのは、家族だけの機密である。条件はいくつかあるが、それでも、強力な力だった。

 その一、相手が自分の視界内にいること。

 そのニ、相手がいくつかの選択肢で迷っていて、心を決められてないこと。

 その三、導く先の選択肢があることーーー『選択させない』『先延ばし』はできないこと。

『エスメラルダ、その人はどれだい?』

『ウェイターの一人です、金髪でお盆にワイングラスをいくつか持っている。あの中に仕込むかを迷ってるようです』

こそこそと親子で囁きあう。こんな力を持って王妃になるわけにはいかない以上、アンジー・スライがエスメラルダの分も王妃になってくれるのがアシュクロフト家としては一番ありがたかった。彼女個人への思い入れというより、家のための問題だ。

『治癒能力持ちである彼女に毒を盛っても、自分で解毒されたりしないのかな?』

『さすがに相手もそこまで馬鹿じゃないでしょう、解毒の暇もない強い毒とか?』

垣間見ができるのは選択肢だけで、心を読める訳ではない。毒を盛る、今は盛らない、のふたつで迷う刺客は毒を一種類しか持っていないのか、それがどのような毒なのかはわからなかった。『毒を変える』という選択肢が刺客にない以上、例えここで《力》を行使するとしても、それを選ばせることはできない。

『父様、私が魔力を使うのはやはりやめておいた方がいいですか?』

『そうだね、ここでお前が《力》に目覚めたなんて騒ぎになったら話がややこしくなる。それに、すぐに精神操作だとバレてしまう。それは危険だ』

『じゃあ、それとなく彼女達に警戒を呼びかけるのは?』

話をしながらも耳はしっかり曲を聴き、踊りを踊る手足は止まらない。それは、今までの練習の賜物だった。ターンをしながら目線を向ければ、毒を盛られようとしてるなんて気づかないで、アンジー・スライが王子と踊っていた。彼女が王子の婚約者候補の一人であると、確かに印象付けるためのダンス。

『それはいいよ、話しかけておいで。こっちは他の刺客に警戒するから』

エスメラルダ自身は、戦争の英雄である伯爵の娘であったから、この国で命を狙われたことなどない。それで伯爵を怒らせたらどうなるのか、と怯えた皆が彼女には手を出さなかったのだ。他の婚約者候補の間では色々と暗躍が起きていて、それで今回も何人か候補抹消となったのだが。

 曲が終わり、パートナーに一礼。エスメラルダはアンジーとアルフレッドの元に行き、二人のそばで目を光らせることにした。

 選択肢を『毒杯を盛る』と決めたらしい刺客が、毒の混ざったワイングラスを手にやってくる直前に滑り込んで、挨拶をする。

 しかし、ここでひとつ誤算があった。

「踊って喉が渇かれたでしょう。よろしければワインをどうぞ」

そう笑顔の仮面を被ってワインを勧める男の顔からは、選択肢が読み取れない。

 どれが毒の入ったグラスなのか、エスメラルダは見失ってしまっていた。

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