第20話 暗躍する人、される人

アンジー・スライ嬢に手渡された『血脈の宝珠』は、王家との血縁の濃さを示さなかった。つまり、アルフレッドとの結婚への法的な問題がひとつ解消されたことに、王子は内心で安堵のため息をつく。彼女の顔に王家の血を感じたことはなかったが、やはり目に見える形で血縁が否定されたことは有難かった。

「国王陛下、有難く宝珠を貸していただきます。その、このパーティーでは血縁を探すつもりはありませんが、必要な時がありましたら使いますので」

「子供を一度捨てておいて、捨てた子が王家の婚約者候補になったのだから取り戻そうとするのは虫が良すぎる。必要とあれば、報復も許可しよう。最も、どのような報復が許されるかは確認するように」

少し揶揄うように、しかし会場にアンジーの親戚がいる場合は釘を刺すように、国王がそう言って彼女に笑いかけた。彼女が実際にアルフレッドの妻になるかは別として、一等白星勲章の栄誉を得た淑女に対して王家のある程度の庇護は必要だ。これは、そのアピールでもある。

「スライ嬢、これからもその治癒の力をこの国に役立ててくれ」

「もちろんです、陛下。私はこの国の皆様に育ててもらったようなものですから」

丁寧にドレスの裾を摘まんで一礼した彼女が壇上から下がる姿を、アルフレッドはつい目で追ってしまっていた。


勲章の授与と国王からの話が終われば、王の宣言で後は自由時間となる。音もなく現れた国一番の音楽団が舞踏会の定番曲を奏で始め、まずは王家が広間の中央に出てきた。王は王妃の手を取り、王子は……新しい婚約者候補であるアンジーの手を取り、それぞれに踊り出す。紅茶色の髪が広がる彼女がお手本通りに完璧なステップを踏むのを、一部の貴族は苦々しい目で見ていた。

(アシュクロフト伯爵令嬢が婚約者候補から外れるなら、うちの娘と王子を接近させる好機だというのに!)

そう思っている貴族は一人や二人ではない。開いた枠に娘を入れたかった者、すでに候補になっている娘を王子とさらにお近づきにさせたい者、あるいは有力な娘との橋渡しをしたかった者―――貴族家の婚姻は愛だけではない。政略と功利と損得の勘定から生まれた関係に、後から愛や情の感情が生まれることを期待する方が多いのだ。アシュクロフト伯爵夫妻ほど仲のいい夫婦は、この国では珍しかった。国王夫妻も仮面夫婦なのは周知の事実で、お互いに触れあって踊る今もその目に感情の色はなかった。

「さあ、皆も踊りと歓談と立食を楽しむがいい」

踊り終えた王の言葉に、楽団が別の曲を奏でる。パートナーで踊る者、噂話に花を咲かせる者、食事やワインを楽しむ者、とそれぞれに分かれて動き出す中、父と踊ろうとしたエスメラルダの目に気になる選択肢が見えた。

「……父様」

くい、と父の腕を少し引っ張り、無声音で喋った内容を風の精霊が届くようにする。これくらいの小さな魔法なら、城の防備に影響はない。


『何か盛ろうとしている人がいます。多分、スライさんに』


す、とアシュクロフト伯爵の目が細められる。それは、娘もほとんど見たことがないほどに冷たい色をしていた。

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