第13話 ドレスと精霊
「アシュクロフト伯爵ならびに令嬢エスメラルダ様、ご到着!」
帰省のために弟と馬車で行った道を、ほぼ戻るようにして。屋敷の者で先んじて新年の挨拶をした後、私は父様と城に来ていた。馬車の家紋を見た城の者が声を張り上げた以外の声は、不自然に聞こえてこなかった。うっすらと魔力を感じて、私は思わず父様の方を見る。何かしたとするなら父様だ。伯爵家の馬車を都で襲う命知らずなど、そうそういない。
「うるさいだろうから、少し音を散らしてるんだよ。よく気づいたね、あんまりやると叱られるから隠蔽もさせてるのに。授業の賜物かな」
「いつもなら、噂話のひとつやふたつ聞こえてくるので……父様、叱られるって何かされたんです?」
「ダイラと結婚した時に、あんまり口さがない人が多いから風の精霊達に頼んで音を馬車に入れないようにしたんだよね。あの時はやりすぎて城の防衛魔法が発動しかけたし、それにもギリギリまで気づけなくて、陛下にお説教されたけど」
「本当に何をやっておられたんですか……」
『母が嫁いできた時は色々あったけれど、大体は父様が排除してくださったんですよ。少々やりすぎたきらいもありますが』
思わず、母様に聞いた言葉を思い出していた。家族思いの父様。私の幸せを考えてアルフレッド様との婚約を承知し、私の幸せを考えてそれを破棄させた父様。この人が家族に対しては誠実だとわかっているから、私も、《力》なしの不名誉を受け入れられていたと思う。今はクリスの未来予知も活用してるようで、出発前も二人で内緒話をしていた。
「エスメラルダ、もうすぐ降りるから鏡で確認おし。お前は昔のダイラに似て美人に育ったから、それを武器とするつもりで今回は見立てた」
「はい、父様」
鏡で自分の姿を確認する。
黒くてまっすぐな髪は、香り油を少し塗って梳かしているからいい香りをしている。いつもなら王子の婚約者候補としてたっぷりと複雑な結い髪をさせていたけれど、今回は少し簡素だ。これから王子妃はアンジーであることを、私は承知している。『エスメラルダ嬢に《力》の目覚めがないから、アルフレッド様の婚約者候補を降りる』というのは噂になっている頃だろう。父様がわざわざ風の精霊に防音を張らせた向こうで、どんな噂になっているのやら。
母様譲りの、アーモンド形をした緑色の瞳。その色に合わせた、白と緑のドレスに皺やヨレがないかを確認する。エメラルドの首飾りと揃いの耳飾り、薄緑色の長手袋、胸元にあしらった白い花のブローチ。どれも伯爵令嬢が城に上る際のタブーを避け、かつ、新年にふさわしい白の装いだ。父様は、こういう時のセンスがいい。
その父様はというと、銀色の髪が映える黒を多めにしながらちゃんと白い花の飾りもつけている。家族を着飾らせることは好きでも、父様はあまり自分が着飾るのは好きではない。だから宝飾品も最低限で、懐中時計は母様からの贈り物だった。握りにエメラルドのついた父様愛用のステッキは、ただの紳士の杖というより魔法使いの杖であることを最近の私は気づいている。あの杖がなくても魔法は使えるだろうが、大粒の宝石の杖には精霊の力を借りやすくする力があると授業で習っていた。
(ただでさえ風の精霊に好かれる父様が、あれだけ大粒のエメラルドを使って風の精霊魔法を使ったらどうなるのでしょうか)
そんなことを思いながら父様を見ていたら、私の視線に気づいたらしい父様はにこりと微笑んだ。
「杖は紳士と魔法使いの嗜みだよ、かわいいエスメラルダ。ちなみに城内には刃引きの魔法があるから、これはただの杖になるんだけどね」
武器でも仕込んでいるのだろうか、さすがに聞けなかった。たまに父様は変なところから小型ナイフやペンやメモを出してくる人なのだ。まぁ、妙な服装ならそもそも城に入れないのだろうし、と思い直すことにする。
「大丈夫かな? さ、行くよ」
「はい」
そうして馬車の扉を開かせる。武器なき戦場と流血なき戦争に、アシュクロフト伯爵家が参加した瞬間だった。
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