第12話 幕間、噂話

 王城における年始の祭りは、旧年中の功績を讃えて勲章を与える式典を伴う。古く死にゆく年を見送り、新しく生まれ変わった年を祝う。その見送りの中には、よく働いた者をねぎらう儀も入っていた。一般の家庭であれば家族へ互いにちょっとした贈り物をしたり、屋敷の主は使用人達に新しい服やご馳走を振る舞う。その延長線上だった。

「ねえ聞いた? 今回の勲章の対象者に、平民がいるんですって」

「苗字がスライってことは、あそこの孤児院の子でしょう」

式典の会場を整えているメイド達は、噂話に花を咲かせていた。話題の中心となるのは、勲章の対象者に入っている平民の……それも、孤児院の少女のことだ。

「平民が勲章をもらうって、中々ないんじゃない?」

「だから大臣が昔の記録を引っ張り出したりしていて、大変だったみたいよ。それにアルフレッド様も、学園のお友達だからってドレスを用意させてるみたい」

「あら、私は殿下が彼女に惚れているって噂を聞いたんだけれど」

口を動かしながらもプロとしてしっかり手を動かしていた彼女達の手が、ぴたりと止まった。

「「「ちょっとそれどういうこと!?」」」

公的な第一の婚約者候補として今までアルフレッドと行動していたアシュクロフト伯爵令嬢が、王子とうまく行っていないというのは公的な秘密だった。そこに新しい女、それも平民が登場したとなれば俄然彼女達の乙女心が暴走する。平民の少女が王子に見初められるだなんて物語に現実味のなさがないことなんて、城で働く自分達は身に染みてわかっていた。それでも、話を聞くのは別だ。だって楽しいんだもの。

「アシュクロフト伯爵令嬢は? いくら殿下とうまく行ってなさそうだったとはいえ、そんなの許すのかしら」

「国王陛下が、アシュクロフト伯爵と令嬢を年始の祭りに呼んだらしいのよ。客間の用意を言いつけられたもの、きっとその辺のお話もあるんだわ」

「一応まだ婚約者だものね。婚約破棄になるの? お貴族様のそういうのって、すっごくややこしそうなイメージがあるんだけど」

彼女達は貴族社会の近くにいるが、違う社会の存在だ。だから実際に何があるのか、知識がない。ゆえに憶測は膨らんでいく。

「平民の子はどうして勲章を与えられるのか、誰か知ってる? もしかして殿下が惚れたから?」

「私が聞いた話だと、その子はこの間の魔族大侵攻でよく働いたからだって」

「それで勲章ってことは、相当すごいことをしたってことよね」

「学園から動員されてた生徒も多かったものね。ああやって魔法を使ってるのを見ると、お貴族様はすごいなーって思うわ」

「ああ、手伝いに出てたんだっけ? いいよね、魔法」

魔法が使えるかは個人差がある。平民から大成した大魔術師が生まれたこともあれば、貴族でありながら一切魔法が使えないという人もいる。貴族同士の婚姻の中には魔法の才能を重視した結婚もあったので、貴族の方が強力な魔法を使えることは多かった。メイドの一人は簡単な魔法でテーブルクロスの汚れを消して、純白を保ちながら噂話に興じていた。

「噂によると、勲章をもらう子も動員されてた生徒なんだって」

「特待生とかだったのかな」

「それで勲章を与えられるほどの働きをしたなんて、すごいのね」

どんな顔をしているのか、何をしたのか、アルフレッドとの関係、エスメラルダとの関係―――根も葉もない噂、憶測、そして願望が混じったそれらの話が飛び交っている。人の口を経る度に、噂は変質し、妙な期待がかけられ、不確かな情報が足されていった。

 当事者たちにとって幸いなことに、それらは興味に由来するものであって悪意はない。だが、着々と誰にも制御できない無形のかいぶつが生まれようとしていた。

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