第8話 国王と婚約破棄

「―――そうか。やはり、アシュクロフト伯爵令嬢との婚約は破棄になったか」

「はい、父上」

「それで、結婚したい娘がいるということだったが」

国王ディミアンは、里帰りに来た息子の報告にため息をついた。強力な《力》を秘めていると予言されながら、それを目覚めさせられないまま十七になった伯爵令嬢。彼女と息子を結婚させたかったのは、その強い《力》を持つ血筋を王家に引き入れたかったというのもある。そもそも王家は代々、強い《力》を持っていることを条件として婚約しているのだ。国王自身、王妃とは政略結婚だった。この国の貴族はそうやって強い《力》のある人間を血筋に引き入れながら成長していて、その筆頭に立つのが王家に当たる。

(娘に甘いあの伯爵から令嬢を嫁に迎えることで、彼の抑えにもなれたらと思っていたのだが……)

かつて、この国は海の向こうの国と戦争をしていた歴史があった。子供達が生まれる少し前に講和はできたのだが、今も爪痕はあちこちに残っている。両国に生まれたのが王子と姫であれば、結婚させようという話も出ていたのだ。アルフレッドの妹にあたる姫は、あと何年かしたらあちらの国に嫁ぐことになっている。アシュクロフト伯爵は戦争で活躍した男だったのも、その娘を王妃として迎えたかった理由のひとつだった。

「その、平民なのですが……アンジーという娘です。『満天の聖女様』と呼ばれている、アンジー・スライです」

「ふむ」

その名前は、国王の耳にも入っていた。平民で、親の顔のわからない捨て子の孤児。アンジー・スライという名前も、孤児院でつけられていた。彼女は治癒の《力》に目覚め、制御と成長のために王立魔法学園に特待生で入学している。読み書きのおぼつかない環境から勉学に励み、学年一位を取った平民がいたということは、息子と学園長の手紙で国王も知っていた。

何より、先日の魔物襲来。常よりも規模の大きなそれらの襲撃において、彼女の治癒が何人もの命を救い、死者ゼロという偉業を達成したということ。アンジー・スライには勲章や褒美を与えることで、他国に引き抜かれないよう手を打つ必要があるという話も宮廷では出ているほどだった。

「彼女の強力な治癒については、父上もご存知でしょう。彼女がいなければ、ユージンは死んでいました。他にも何人が死に、重篤な後遺症を負っていたことか!」

「……そうだな。彼女には、王城から何らかの形で褒美を用意しないといけないという話が出ていたところだ」

「じゃあ、父上!」

「とはいえ、お前の結婚のことは私の一存だけで決められない。決まれば沙汰を下すゆえ、それまで大人しくしているように」

はい、とアルフレッドは父に改めて頭を下げた。思っていたよりは好感触で、少しだけ安心できた。

「お前と結婚するにしろ、しないにしろ、アンジー・スライは一度王宮に呼ぶ。ドレスを持っていないようなら、お前の名前で誂えさせておくように」

「夜会ドレスと制服ならあるはずです」

「最低限、勲章授与式典を想定している。そうだな、その時にお前が彼女をどう思っているのか、見させてもらうとするか」

王立魔法学園の制服でも、王城に上がることはできる。だが式典への参加は基本的に貴族だったから、皆、家柄や身分に合わせた新しいドレスを誂えさせるのが常だった。稀に参加する平民のためのドレスや礼服の格は決まっているが、そのためには大量の記録から当時のものを探し出さなくてはならない。結婚したいと言い出したのがただ恋に浮かれただけなのか、本気なのか、国王は確かめてみたかった。

「アシュクロフト伯爵と令嬢には、婚約破棄についての話があるから登城してもらう。その時は、ちゃんと挨拶をするように」

「はい、父上」

「それと、王妃に挨拶とアンジー・スライの話をしておくように」

わかりました、ともう一度頭を下げて出て行く息子を見送って、国王はもう一度ため息をついた。王は王妃と義務として子を設けた以外、ろくに会話をしていない。家族としての情は子供たちの方にあり、周囲はどうあれ本気なようなら、息子の好きな相手と結婚させることそのものはそこまで反対する気もなかった。

(そうか、好きな相手で婚約者に相応しいだけのものがあれば、好いた女を妻にする選択肢もあったのか)

問題は、アンジー・スライが親のわからない孤児だということだ。外戚問題はいつでも頭の痛いものであるし、彼女の親を名乗る不審者がいつ現れてもおかしくない。しばらくは譲位の予定がない以上、それに対応するのは国王である自分だ。

アシュクロフト伯爵は娘を王子に嫁がせたくないというのを言外によく滲ませていた。それでも結婚させて、あの家と繋がれるのは利点だと思っていた。

国王は目を閉じて、考え込む。彼の《力》は、悩ましい時に導いてくれるような便利なものではなかった。

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