第7話 家族と団欒
「おかえりなさいませ、お嬢様、お坊ちゃま」
「「「おかえりなさいませ」」」
使用人達が出迎える中を馬車が通っていく。クリスは少し前に姉のエスメラルダを起こしていて、姉弟で窓の外に手を振っていた。アシュクロフト伯爵家の屋敷は家格に相応しい広さを持ち、相応の使用人を抱えている。領民たちも道端に集まっていて、二人に帽子や手を振っていた。
「みんな、元気そうでよかったですね」
「そうだね、姉様。……あ、父様とグレンが待っててくれてるみたい!」
「ふふ、グレンはクリスのことが大好きですからね」
家に着くとすぐ、「ワン!」という狼犬の大きな吠え声がする。屋敷側の扉にいたのはクリスだったので、クリスの方が先に出た。飛びついてくるグレンの姿が一瞬早く視えたため、クリスは突進してきた大きな犬を無事に受け止めることに成功する。
「ああ、ただいまグレン。また大きくなってないですか?」
「おかえり、クリス、エスメラルダ。ダイラも中で待っているよ、早くおいで」
父の姿は魔力の多い人間特有の、兄としても通りそうな年若く見えて変わらないままだった。エスメラルダもすぐに出てきて、濡れた鼻を手に押し付けてくるグレンを撫でる。グレンは賢い犬だったから、アシュクロフト家や使用人達への力加減もできる犬だった。クリスや伯爵のことは遠慮なくじゃれついていい相手だと思っている。
主達の帰還にぶんぶんと尻尾を振るグレンをまとわりつかせながら、姉弟は屋敷の中に帰っていく。
「おかえりなさいませ。晩餐には、料理長がお二人がお好きな兎肉のパイを焼いております」
「おかえりなさいませ。先日、異国から来た商人が持ってきた珍しい果物があります。今度、デザートにお出ししますね」
使用人達の声に返事を返しながら奥へと進めば、「おかえりなさい」と微笑む女性がいた。
「「母様!」」
椅子に座ってい暖炉の火にあたっている彼女は、娘と同じ黒い髪に緑色の目をしている。子供達のことがかわいくない訳ではなく、暖かい国から嫁いできたダイラ・アシュクロフト夫人に冬のアシュクロフト領は少々寒いからであった。何事もなければ暖炉の側にいる母の姿は毎年の光景であり、出迎えが父と犬だけというのも毎年のことである。抱き合って再会の喜びを分かち合った後で、少し言いにくそうにアシュクロフト伯爵が口を開いた。
「エスメラルダ、アルフレッド様との婚約は……」
「……はい。予定通り、破棄となりました」
「そうか。新しい婚約者は誰になると?」
「前に父様に手紙を書いた、アンジー・スライという平民が候補でしょうね」
姉の言葉をクリスが補足する。
「彼女は平民なのに学校の成績が良くて、奉仕活動もしていて、《力》も強いんです。だから、国王陛下も認めてくれるんじゃないでしょうか」
「視たのか?」
「はい」
アルフレッド王子とアンジーの結婚式スチルと同じ光景。そこに出席している、自分と姉の姿。それは確かな、先にある未来だった。
「クリスが言うなら信じよう。エスメラルダには苦労を掛けたね、もっといい道を父様と母様で探してあげるから、この冬休みはゆっくりしていきなさい」
「はい、父様」
「エスメラルダ、後で刺繍枠を持っておいで。母が新しい模様の縫い方を教えてあげますからね」
「母様、前の模様のおさらいもお願いしたいです」
母の言葉に、刺繍を趣味にしているエスメラルダが嬉しそうに頷いた。この国で伝統的に伝わっているものとは縫い方もモチーフも違う、母の故郷のものだ。エスメラルダの冬の楽しみは、母が教えてくれた模様でハンカチなどに刺繍を施すことだった。一冬ごとに、ひとつずつ。他の季節は学校もあるし、母も父の仕事の手伝いをしていて忙しくしている。だから、冬の楽しみにしていた。
「ねえ父様、今度ライアンをまた家に呼んでもいいですか?」
「そう来ると思って、もう話してある。アータートン男爵にもちゃんとお伺いを立てるんだぞ」
「はい! 手紙書いたら、出す前に見てくださいね」
「クリス、お友達は大事にするんですよ。いつ呼ぶのか決まったら、母にも伝えてくださいね」
「わかりました、母様」
社交界も近いような十七と十六の子供にしては、両親との距離が近いと言われるのかもしれない。エスメラルダは母に、クリスは父に少し甘えるように肩を寄せていたが、子供にはやや甘い二人はそれを許していた。
特にエスメラルダは、わかっていたとはいえ婚約破棄のことがある。家族が意図してのことだが、表向き矢面に立つのも《力》がないと言われるのも、エスメラルダだ。
アシュクロフト伯爵家の団欒は、暖かい暖炉の側で柔らかく広がっていた。
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