第6話 幕間、アシュクロフト伯爵

 ケイレブ・アシュクロフト伯爵は子供達の帰宅を待っていた。まだ若々しい見目の伯爵は、まだかまだかと屋敷の前をうろついている。使用人にとっては少々やりづらい光景だが、子供達が学園に行き始めてから毎度、長の休みの頃には見られる風景だった。居心地悪くしているのは最近雇われた者達で、昔から仕えてる者達は淡々と自分の仕事をしている。

 二人の子供達……娘のエスメラルダと息子のクリスは、伯爵にとって念願の我が子であった。そのために、少々伯爵は親馬鹿が入っている。比較して、夫人の方が冷静なことも多いのは領地で有名な話だった。

「あの子達はまだだろうか?」

「馬車の速度からして、まだもう少しかかるでしょうな。せっかちすぎですよ」

伯爵の側に控えている執事は、彼と年齢が近い幼馴染のようなものだった。非公式の場では言葉遣いが丁寧なまま遠慮なく物を言う彼は、伯爵にとっても遠慮なく物が言える相手である。

「エスメラルダに新しい縁談を用意してやりたいが……」

「アホですか、今すぐだとお嬢様は買い叩かれますよ。アルフレッド殿下との婚約が規定通り破棄されたばかりなのですから。社交界がある程度その話題を過去のものにした後でないといけません」

「アホはひどくないか?」

「事実ですから」

しゅん、と肩を落とす伯爵は、息子と同じ銀色の髪を揺らした。成人男性であれば短く整えていることが基本的な身だしなみとされているが、伯爵はとある理由から髪を伸ばしていることを王に赦されている。馬の尻尾のようにたらりと垂れたその髪を、風が弄んだ。

「声だけでも聞けないかな……」

「領民からのあなたの新しいあだ名、『親馬鹿伯爵』なんですが。さらに上塗りするんです?」

「待ってそれ初耳なんだけど」

『いい領主は、いい意味で領民からこき下ろされる領主である。恐れられるな、親しみを持たれてあれ。領民からの悪態は不名誉ではない』

それはアシュクロフト家の裏家訓であったが(公言できる家訓は別にある)、予想外のあだ名に伯爵は面食らった。

「風の精達も教えてくれなかったよ、そんなの」

「そうでしたか?」

アシュクロフト伯爵の《力》は『風の精の使役』。銀の髪は対価として彼女達に切って渡すためのものであり、彼が生まれてからこの領地には豊かな風の恵みが約束されていた。貴族階級の強い魔力と合わされば、領地全体がその恵みを受けられていた。

 応用すれば風の精から噂話を仕入れることもできるが、時制のない精霊語と人間の区別のつかない種族特性から情報源としての信用性はあまり高くない。しかし、風のあるところの情報ならなんでも聞かれるのではと勘違いされて、かつては遠巻きにされたものだった。……だから、子供達の《力》の危うさにもすぐ気付いていた。

「そういえば、クリスがこの間の友達をまた連れてきたいって手紙に書いててね。客人を迎えられる支度は?」

「お坊ちゃまが半月前までに言ってくだされば、ご用意できます。ライアン様ですよね」

「あの子の一番の友達なんだってね。うちの薬師ももういい年だし、彼が弟子に来てくれたりしないかな」

クリスからの手紙で、ライアンが男爵の五男……家を継ぐ見込みのない子供であることは把握している。そういう貴族の子弟は、何らかの職に就くのが基本だった。娘であれば嫁の、次男以下の息子であれば仕事の世話をするのが、親の最後の愛情と言っても過言ではない。

「それはアータートン男爵の決めることかと」

「あの家もごたついてるし、引き抜けないか後で手紙を出そう。後で料紙と羽ペンを部屋に、」

「後、お坊ちゃまの意志を確認してからにしてください。サプライズは無意味ですよ」

息子が幼い頃、こっそりと誕生日プレゼントに子犬を用意したら予知でバレていたことを伯爵は思い出した。あの出来事がきっかけで我が子の未来視が発覚したのだが、それはそれとして、サプライズが失敗したという点では伯爵にとって苦い思い出だった。

「お、噂をしたらグレン! もうすぐクリスが帰ってくるからなー」

想定よりも随分と大きく育った(クリスには最初から視えていたらしいが)灰色の毛の狼犬が庭の犬小屋から玄関に出てきたのを見て、伯爵はグレンを撫でようと手を伸ばした。

「フンスッ」

鼻を鳴らしてそっぽを向かれ、密かに落ち込む伯爵の元に風の精が知らせを届けてくる。

 子供達を乗せた馬車が、屋敷の近くまで来ていた。

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