第5話 家路と姉弟のおしゃべり

 浮ついた空気の中、校長先生のありがたいお話があり、年始休みの開始が宣言された。すでに学園の前には、生徒達を迎えに来た各貴族家の馬車が並んでいる。馬車の装飾や大きさ、馬の数、学園への近さは家柄によって決められており、学園の門の真ん前にいた四頭立ての馬車はアルフレッドを表す紋章『花をくわえて冠を被った一角獣』を扉につけていた。

 乗り込むアルフレッドの見送りは例年、エスメラルダの役割だ。だが、今年は当人たっての希望でアンジーがその位置に立った。アルフレッドはその時のエスメラルダの様子をちらりと見たが、彼女は本当に興味がなさそうな顔をしているように見えた。

(これで御者から父上に、エスメラルダ嬢が婚約者でなくなったことは伝わる。そのポジションに、俺がアンジーを据えたいことも。あの特徴的な髪と目の色を見れば、彼女がただの小娘ではなく、先日の魔物大侵攻で功績のあった『満天の聖女様』だとわかるはず)

柔らかい紅茶色の髪に、甘い蜂蜜色の瞳。見た目も中身も、アルフレッドにとっては甘美な少女。――添い遂げるなら、彼女がいいという言外の意志。

「あ、アルフレッド様、いいんですか、いつもはエスメラルダ様がお見送りされてるんじゃ…」

「アンジーの顔を最後に見たいと、俺が望んだんだ。何かあったら小鳥に言ってくれ、必ず俺に伝えるようにさせるから」

本当ならアンジーの手や頬に触れたかったが、人目があるところでそんなことをするのは恥ずかしくてできなかった。今まで同じように見送らせたエスメラルダには、そんなことを思ったことがないのに。

「……そうですね、アルフレッド様は私がいじわるをされた時も、小鳥や猫から話を聞いたと言って助けてくれました」

アルフレッドに言わせるとあれは「いじわる」だなんて生やさしいものではないのだが、彼女はそう捉えているのなら無為に認識を変える気になれなかった。ただ、何かあったら伝えてくれとだけ話す。『おひさまの目の女の子』として、動物たちにも彼女が有名なのはアルフレッドだけの秘密だ。

「ああ、そうだ。必ず助ける。それに、動物たちもきっと味方になる。年が明けたら、また会おう」

「そうですね、また来年」

優しい微笑みをもう少し見ておきたかったが、いつまでも場所を占領するわけにもいかない。一番大きく立派な馬車であるから、アルフレッドの馬車が出ないことには他の馬車も出られないのだ。その表情を目に焼き付けながら、アルフレッドは扉を閉じさせて城に帰ることにした。


***


「姉様ー、早く乗りましょうよ」

「クリスったら、そんなに早く家に帰りたいの?」

アシュクロフト伯爵家の馬車も、かなり豪華なものであった。扉につけられたアシュクロフト伯爵家の『花輪で作られた丸い盾』を目印に足を止めれば、いつも迎えに来てくれる御者が「お嬢様、お坊ちゃま、ご当主様と奥様が首を長くしてお待ちです」と声を掛けてくれる。

「お父様とお母様のためにも、早く帰らないとですね」

「なるべく速くお願いね!」

「ええ、かしこまりました」

荷物を運び込ませて後部座席に座り、扉を閉める。扉が閉まる音に誤魔化すようにため息をついたエスメラルダの顔は、クリスの目から見てやはり少し疲れているように見えた。

「姉様、お疲れなら眠ってはどうです? いくら飛ばしてもらうにしても、すぐには着かないですし」

「でも……」

「それにきっと、お父様もお母様も姉様とアルフレッド様のことを心配しています。姉様が、傷ついてないかって。だから、少しでも休んでおいた方がいいです。うちの馬達もいい子だから、姉様が眠れないほど揺れたりしませんって」

クリスが前世の知識を持ち込んで揺れを軽減したのもあり、よっぽどの悪路に突っ込まなければ眠れる程度に負担のない馬車の旅が保証されていた。弟が未来からその知識を持ち込んだと思っているが、それでもエスメラルダも馬車の揺れなさはよく知っている。

「……じゃあ、少し休みます。クリス、何か気になる未来が見えたり、何かあったら、すぐ起こしてくださいね」

「ええ、わかりました姉様。おやすみなさい」

アルフレッドが見送りにアンジーを呼んだことも、婚約者でなくなったことも、昔から決まっていたことだった。けれど目の前で見るのは、やはり負担だったのだろうか。すぐに寝息を立てた姉の顔に未来を視ようと目を凝らしたが、狙って視ようとしてもクリスには何も視えなかった。

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