王妃の逸品

百舌すえひろ

王妃の逸品



 むかしむかし、ずいという国に楊素ようそという宰相さいしょうがおりました。


楊素ようそ砕金飯すぃじんふぁんという蛋炒飯だんちゃおはんたまご炒飯チャーハン)が大変な好物こうぶつでした。


 揚州ようしゅうという土地では、干し貝の出汁だし鶏肉とりにく海老えびなどの山海さんかいさち贅沢ぜいたくに使う、蛋炒飯だんちゃおはん流行はやっていまして、宮廷きゅうてい裕福ゆうふくな家の食事では、大抵たいてい、この炒飯が出されていたました。

しかし楊素ようそは、卵のふわっとした、ねぎが香ばしく、米がさらさらと豚脂ぶたあぶらいためられた砕金飯すぃじんふぁんのほうをこのんでいました。


 ですが一家いっかあるじ、ましてや一国いっこく軍師ぐんし家人かじん(家族)の前で質素しっそな食事をすると「家運かうんかたむく」とつまからうるさく言われるので、口がかたく余計なことをしない包人ほうじん(調理人)にときどき内緒で作らせていました。


 ある日、時の皇帝こうていきさき伽羅からさまから、折り入って話があると宦官かんがんつかわされました。

皇后こうごうみずからが宰相に打ち明けたいなどとは、ただならぬことだと警戒けいかいした楊素は、仮病けびょうをつかい、後日ごじつうかがうことを伝えました。


 しかし宦官かんがん翌日よくじつたずねて来ました。


となりには体が大きく、にこにこと人のさそうな男を連れていました。


「いまだ調子ちょうしかんばしくなく、厄介やっかいやまいがうつりでもしたら、申し訳が立たない」と妻に伝えさせたところ


「『大事な家臣かしんの見舞いに行けぬ我が身がうらめしく、せめて滋養じようのある食事をしてほしい』と皇后さまがおかか包人ほうじんを遣わされたのだ」と宦官かんがん声高こわだかに言い、隣の大きな男は梁述りょうしゅだとうやうやしく名乗りました。


 宰相さいしょうとは言え一家臣いちかしんに、そこまで手厚てあつ待遇たいぐうほどこされてしまっては、無下むげに追い返すこともできない。

楊素ようそはしばらく、その宮廷包人きゅうていほうじんを置いておくことにしました。


 しかし皇后さまの肝入きもいりの包人なので、下人げにんではなく、客人きゃくじんとしてもてなしていました。

 梁述りょうしゅ自身は皇后さまの名代みょうだいのような気持ちで遣わされていたので「何としても自分の料理を食べてもらいたい、内緒でやらせてくれ」と厨房ちゅうぼうの下人にうったえだしました。


 あまりにも断られると、今度は自分のうであなどられているのではないかと思い始め、梁述の語気ごきは次第に荒くなりました。


楊素ようそさまのお加減かげんがいまだすぐれないのは、この家の包人ほうじんたちが食材しょくざいから栄気えいきを引き出す調理方法を知らないからではないか」


「なんだと。宮廷包人といえども聞きのがせない言葉だ」包人の一人が立ち向かいました。


楊素ようそさまは蛋炒飯だんちゃおはんがお好きだとうかがった。それなら、私が皇后さまからいただいた山海の珍味ちんみくし、滋味じみあふ洗練せんれんされた揚州炒飯ようしゅうちゃおはん進呈しんていいたしたい」


そう言って梁述りょうしゅは自信たっぷりに笑い、大きな体をすりながらかまどに向かっていきました。


 ずっとだまっていた包人が、かまどの前に立ちふさがりました。


楊素ようそさまは平素へいそより、卵とねぎと米のみの、砕金飯すいじんふぁんがお好きなのだ。具沢山ぐだくさん揚州やんぢぉう炒飯など、五臓ごぞうおどろいてしまう。私が作るので、どうかお引き取りいただきたい」


楊素ようそ好物こうぶつを隠れて作っていた包人でした。


 普段ふだん食べている具の少ない料理から、突然とつぜん変えてしまったら、臓腑ぞうふ消化しょうか負担ふたんがかかると言うのはもっともだ、と梁述りょうしゅも思いました。

しかし、皇后さまの威信いしんをかけて宮廷包人きゅうていほうじんの自分がここにいると思うと、なんとしてでも食べてもらわねばおさまりがつかない。そう思った彼は


「いいや、ぶたあぶらいためた米など、お身体からださわりますでしょう。大米粥だーみーじょう(米のかゆ)にいたしましょう。油を使わず、水でやさしくき上げた卵のかゆ色味いろみのよいねぎをのせたなら、ぞうに負担をかけませんでしょう」


だからぜひ、私に料理をさせてくれ、と梁述りょうしゅ鼻息はないきあらく詰め寄ったのです。


 家主やぬしの命令があるので、おいそれと働かせてはならないと必死に止める下人と包人たち。

 われこそ最良の包人なのだ、どうか仕事をさせてくれ、と主張する梁述。


 昼食ちゅうしょくの時間はとうに過ぎているのに、配膳はいぜんにくる下人たちがいつまでも来ないので、空腹すきっぱらかかえて苛立いらだ楊素ようそと妻が厨房ちゅうぼうに向かうと、入り口はいきり立つ下人でごった返していました。


 後ろからつま先立ちでのぞき込むと、包人たちは口論こうろんの中、体の大きな梁述りょうしゅおさえるべく、下人たちが数人がかりで取り押さえ、誰も見なくなったかまどの火は消え、洗いざらしの青菜あおなしなび、皮がきかけの根菜こんさいと、割れた皿が床に散乱さんらんしていました。


 楊素ようそは妻を見て言いました。


「卵とねぎだけいただいて、お引き取りねがおう。にしてしまう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王妃の逸品 百舌すえひろ @gaku_seji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ