嫌味

結騎 了

#365日ショートショート 189

 労働基準監督署の平良は、ある会社に立ち入っていた。ここの社員からと思われる匿名のタレコミ、つまり内部告発があったためだ。

「やはり時間外労働が多いですね。月にこれだけとは。協定の内容に反していますよ」

 出勤簿とタイムカードを見比べながら、平良は強く言い放った。テーブルの向かい側、丸野社長は萎縮し小さく座っている。

「例えばここ、社長を含む複数人が日付が変わる直前まで仕事しています。一体なにがあったのですか。急ぎの案件でも……」

 ハンカチで額を拭いながら、丸野社長が吐露した。

「こっ、この、この日は、その……。タイムカードの集計を溜めてしまっていたので、それをみんなで残ってやっていました」

「ほう、タイムカード。毎日やらないから溜まるんですよ」

「お、仰る通りです」。丸野社長は一段と声を高くした。「しかし、通常業務で忙しく、どうしても溜まってしまうんです。すみません。これは、その……。昨年に、労基署さんから是正勧告を受けたものでして」

 なるほど、そういうことか。平良は顎をさすった。労基署に言われ、仕方なくタイムカードを導入した。慣れていないので結果として仕事が増える。よくある話だ。

「じゃあ、こっちはどうです。明らかに休日出勤ですよね」

「そ、それは。えっと……。現場の衛生環境をチェックしていました。危険な箇所はないか、整備漏れの器具はないか、など。これは2年前、労基署さんに指示されたものでして」

 思わず平良は腕を組んだ。つい、しかめっ面になってしまう。なんだこの社長は。時間外労働の原因は我々にあるとでも言いたいのか。

「社長、それではこの日はどうです。仕事が終わった後に、ほぼ全ての社員が残っている」

「それは、その……」。丸野社長の目はきょろきょろと動くが、どこを見ている訳でもない。「どうしても昼間の仕事を止めることができず、社員の定期健康診断を定時の後にやりました。これは3年前、実施漏れがあったのを労基署さんに厳しく言われて、それからはどんなことがあっても絶対にやるべきだと思い……」

 呆れた。なんということだ。この社長め、嫌味を言うためにここに座っているのか。

「社長、もしやそれは嫌味ですか。我々に対する小言でしょうか。お前たちのせいで余計な仕事が増えて忙しくなった、嫌味のひとつも言ってやろう、そういうことでしょうか。そんなだから社員から内部告発されるんですよ」

 思った途端、つい声に出ていた。腰を浮かせ、その顔面を丸野社長に近づける。

 小さくなっていた男は、すっと顔色を変えた。その目は、平良を冷たく睨みつけていた。

「やっとです。こうして労基署に嫌味が言えましたよ。それも、面と向かってね。こんなことしてもなにも変わらないって? 俺がスカッとするんですよ。スカッとね」

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嫌味 結騎 了 @slinky_dog_s11

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