作り出された世界
「あー…、この国の人間ではないので・・・。今日はイベントがあると聞いたので来ました」
嘘をついてしまったが、今はこう言うしかない。
正直に「この世界はある人の夢の中で・・・」とこの世界の事や諏訪さんのことを話したところで怪しまれるだけだ。せっかく知り合えたのだから色々教えて貰いたい。
サーニャからこの街の情報を得られるだけ得て、諏訪さんに近づきたい。そんなことを考えている泰一の思惑とは裏腹にサーニャは楽しそうに色々なことを教えてくれる。
彼女が言うには女王の誕生祭は様々な国から来訪者が訪れるので、一年の中で一番盛り上がるという。街の商人は店の外に露店を構えたり、広場ではマジックショーをしていたり、ダンサーが踊ったりと賑わいを見せている。
この国は近隣諸国の中で最も栄えているということもあって、他国の人たちが一旗揚げようという人が多い。それ故に犯罪を犯す人たちが増えた結果、女王が他国の人たちを受け入れる事がなくなってしまった。
だが女王の誕生日だけは通行を許可し、露店で物を販売したり、路上でパフォーマンスをする許可を出しているという。
上手く売り込むことが出来たら、この国に住まう権利が与えられるというのだから皆必死だ。ここに住むことができたら生活に追われることがなくなるというのだから、そうなるのも無理はない。
サーニャにそのことを聞いた後に周りを見渡すと、汗をかきながら必死に売り込んでいる人たちが見える。他の人たちより衣服がボロボロで、でも声をあげて必死に売り込み、買ってくれる人には笑顔で対応している。小さな子供も接客をしていて、一生懸命売り込んでいる姿が見える。
―ここは本当に諏訪さんが作った世界なのだろうか
そう思わずにはいられなかった。
諏訪さんは誰とでも仲良くなれる人だ。だけど夢の中では門を閉ざしている。
諏訪さんは誰とでも平等だ。だけど夢の中では格差がある。
泰一がこれまで見て来たものは、ただの一面にすぎないということをまざまざと見せつけられている。
本当の心の中はこうなのだろう。
唇を噛みしめながらも今はそれについて考える時ではないと泰一は思った。サーニャが首を傾げて不思議そうにしていたので、慌てて追われた理由を聞いてみると、無理やりお見合いをさせられそうになったので逃げてきたという。
ちなみに追っていた男性はイリヤ・アスファルト。彼女のお兄さんだ。
「私はまだ結婚するつもりはないのに、兄が心配してお見合い相手を見繕ってくるんです。今回は他国の方のようで・・・」
他国の平民は女王の誕生祭にしかこの国に入国することができない。その為イリヤは焦っているようだ。どうにかして妹に幸せになってもらいたいという気持ちはわからなくもないが、本人の意思を確認せずに押し付けるのはいただけない。
泰一の歳の離れた妹にそんなことをしたら、ボコボコにされるのが目に見える。十歳下の妹、一華は空手の黒帯所持者で途轍もなく強い。自分の意思がはっきりしていて、意に反することがあると真っ向勝負を挑んでくる。
幸い泰一と喧嘩することはさほどなく慕われているが、師匠である父とはそりが合わずに勝負しているのを見ていた。
最近では『結婚について父と勝負した』とメールがきていた。それに対して泰一は『こちらには母からお見合いを促す手紙が来た』と返すと、『お互い苦労が絶えないが頑張ろう』と返ってきたので、『そうだな』と返事したのを思い出す。
「今日一日やり過ごせば大丈夫なので・・・」と苦笑しているサーニャは、妹とは違い物事をハッキリと言えないのかもしれない。
それにさっきのやりとりを一日中となると流石に骨が折れるだろう。何か良い案はないかと考えているとイベントのチラシが目に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます