書店アルバイトの上司

イレギュラーなお客様






「遅い」

「いやいや、これでも早く来たからな」



正直に言うと家まで辿り着きたかったが、それを待ったなしで呼び寄せたのはレーヴだ。起きたら絶対身体を痛めているだろう。

考えただけで溜息が出る。




「まあいい。次のお客様は少し特殊でな・・・。夢の世界で彷徨っている」

「夢の世界を彷徨っている?それは一体・・・?」



泰一は幽霊のように夢の世界を彷徨っている人の光景を頭に浮かべる。

出口がなくて出られないとかそういうことなのだろうか。




「現実世界では眠り続けているということだ。本人の意思で」

「本人の意思で?」



思わず目を見開いた。

そんなことが出来るのか。泰一は首を傾げながらもある一つの疑問が浮かぶ。




「ここで夢を選んで貰えるのか?」



今までは光の中から現れて、好きな夢の本を選んで貰っていた。現れる人は泰一と過ごした時期の容姿をしているので、現実世界であっても何とか出会うことができた。


しかし夢の中を彷徨っているというのであれば、そもそもこの本屋へ来店することができるのだろうか。




「無理だな。だからお客様がいる夢の中に入るしかない。・・・泰一がな」

「はあ!?」



レーヴに向かって叫ぶと、彼は厳めしい顔をしている。

・・・厳めしい顔をしているのに猫だから和んでしまうのが残念なところだ。

そんなことを思っていると、鋭い目線を送られた。

心の中を読まれているとわかって、何も考えずにいると「はあ」と溜息を吐かれた。


溜息をつきたいのはこちらの方なのだが・・・。

泰一は他人の夢の中へなど当然入ったことがない。夢の中に入ると言われたものの、そんな簡単にできるものなのだろうか。それって危険じゃないのか。色んな疑問が頭の中を錯綜している。




「お客様の名前は諏訪美波。泰一の書店アルバイト時代の上司だ。三ヶ月前、交通事故にあった彼女は病院に運ばれた。傷は大したことはなかったが、意識が戻らず時間が経過している。

ハデス様が言うには本人の意思で現実に戻りたくないと思っているから目を覚まさないとのことだ。このままでは彼女の身体は衰えていき、ますます現実世界に戻りにくくなる。そこで彼女を現実世界に戻すために、夢の中に入ることが許可された。

他人の夢の中は危険だ。出来ることなら私も行ってやりたいが、ここから離れることはできないのでな・・・。泰一頼むぞ」




淡々と説明していくレーヴに唖然とする。


諏訪さんってあの諏訪さんか?忙しいのに開店祝いに来てくれるお人好しで、仕事はいつもテキパキ動いて、指示も的確。俺よりも読書量が多くて、知識豊富。柔和な性格だから、誰とでも打ち解けて仲良くなり皆から慕われている。書店で働くことが何よりも楽しくて仕方がないと言っていたのに現実世界に本人の意思で戻ってこないというのはなぜだろう・・・。



3ヶ月前と言えば、開店祝いに来てくれた頃だ。

その頃を思い返してみても、諏訪さんがそんな風に考えている感じはなかった。「また来るね」と言っていたけど、一向に来ないのはただ単に忙しくしているからと思っていたが、まさか交通事故に遭っているなんて・・・。




「その光の中を歩いて行け。そうすれば彼女に出会えるだろう」



振り返るといつも皆が通ってきたところが光っている。

ゴクリと喉を鳴らすと、レーヴは早く行けという鋭い目つきで泰一を睨んでいる。




「わかった。行ってくる」



諏訪さんを助けたい。先ほどまで色々考えていたことが全て頭の中から霧散した。




「ああ、気をつけてな」



レーヴのその言葉を背中に受けて光のもとへ歩いていく。

この先にはどんなことが待っているのか。緊張しながら光の中へ歩いて行った。








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