物語でしか伝えられないもの
水島との待ち合わせはカシェットだ。
念のため今日は貸し切りにしてもらっている。以前の水島の興奮度具合を考えると、話しているのがすぐに雄介とわかってしまうのではないかと心配になったからだ。
そうなるとお客さんが増えて迷惑をかけることもあるかもしれない。念には念を入れて昌平に頼むと二つ返事で了承を貰った。
行き道で最近読んだ本で面白いかったものはと言われたので、何冊か雄介が好きそうな書籍のタイトルを挙げた。
「聞いたことがない本が多いが新刊か?」
「いや、新刊じゃないです。全部既刊本ですけど、発行されてかなり年数が経っています。一部は店で取り扱いしていますよ」
「一部?」
「はい。それ以外は絶版本なので取り寄せはできないです。古書店巡って見つけた本なので」
「なるほど。とりあえずエンデにある書籍だけ買いに行くから取り置き宜しく」
「ありがとうございます。絶版本も気になるようなら貸しますよ」
「おお、頼む」
「あ、後これ」
そう言って泰一が鞄から出したのは五十嵐律人の『原因において自由な物語』だ。
「え?」
驚いた顔をしている雄介の手に無理矢理渡す。
「これって『法廷遊戯』でデビューした人だよな?」
「そうですよ」
「いや、なんで俺に?」
受け取ったは良いもののどうしていいのかわからないという顔をしている雄介にクスっと笑う。
「雄介先輩に今必要な本だと思うからです。良かったら読んでみてください」
「・・・泰一が言うなら」
渋々受け取り鞄の中へ入れたのを見てホッとした。読んでいたらどうしようと思っていたので安心する。
『原因において自由な物語』は雄介が好きなミステリーと合わせて“物語”について焦点を当てた話だ。
泰一はこの小説で一つの物語の定義を知った。
雄介の中にもきっと物語の定義があるはずだ。揺るがない定義があるからこそ物語を書き続けられているのだろうと推測した泰一はその思いを思い出して欲しくてこの一冊の本に託した。
人の言葉ではなく物語でしか伝えられないものがある。そう信じている。
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