水島雫の推し
「いらっしゃいませ」
「平山先輩お久しぶりです」
颯爽と入ってきたのはスーツ姿の水島だった。
「水島さん元気?」
「はい。ってそれ!葵雄介の作品じゃないですか!好きなんですか!?」
目をキラキラ輝かせている。
こ、これは・・・、来るか・・・。
背中に冷や汗をかきながらも嘘を言っても仕方がないので雄介との関係を言うことにした。
「好きというか、高校の時の先輩だよ。たまたま会ったから貸してもらったんだ」
「えええ!?葵先生の後輩!?羨ましすぎる!!!!」
「好きなのか?」
「好きというか、愛してますよ!」
それからの水島は凄かった。
初期作品から現在に至るまでの作品の考察を熱烈に語り始め、ここが良かった、ここは個人的にはこうしてほしかったなど多種多様な意見を言っていた。
雄介に教えてあげようかと思ったが、語る量が量だったので覚えるのは諦めた。水島は昔から好きな作品に対する愛が深いタイプだ。そしてその愛を余すことなく語ろうとする。好きな作品に出会った後の水島に会うとマシンガントークで話され、相槌をする余地はない。語り終わると必ず「平山先輩も読んでください!」と言い布教するオタク気質がある子だった。
―雄介先輩に水島さんを紹介してみようか
ふとそんな考えが浮かんだ。明日会う時に雄介の作品が好きな後輩に会ってもらえないか聞いてみよう。会えるとなったら水島発狂しそうだな・・・と遠い目になる。
「はっ、・・・すみません。好きなことになるとつい・・・」
泰一がそんなことを考えているとは知らない水島は語り終えたからかイキイキとしてすっきりした顔をしている。
「相変わらずだな」
「お恥ずかしい限りです・・・」
恥ずかしそうに俯く水島に、泰一はふっと笑いかける。
「ところで今日はどうした?」
「あ、これついに商品化したので真っ先に持ってきました!」
そういってカバンの中から出てきたのは昌平のコーヒー豆だった。茶封筒と同じ素材の袋に上半分は店の名前のロゴとコーヒー豆がデザインされており、袋の下半分は透明で中が見えるようになっていた。昌平の納得がいくロゴデザインを作るのに苦労したと苦笑いしていた。
「納得できないことはできないってはっきりいうからな、昌平は」
「それはありがたいんですけどね・・・。何度デザインがダメになったことか」
そういうと遠い目をしていた。ご愁傷様だ。
「あ、あと、えっと・・・」
視線を彷徨わせている水島に、泰一はついにあのことを報告に来たのかと何となく察しがついた。
「柴門さんと付き合い始めた?」
そう言うと肩をビクッとさせて驚いた表情で泰一を見ている。
「なっ、なんでわかったんですか」
「なんとなく」
水島には曖昧に濁したが、この前カシェットに行った時に昌平から教えて貰った、というか聞かされた。つ
いに自分は本物のキューピットになったと興奮気味に言われたからだ。水島にそのことを言えるはずはない。
彼女は自分の口から起こった出来事を言いたいタイプで、誰かの口から聞かされたことを話すと拗ねる。それは昔の話だから今はわからないがとりあえず黙っている。
「探偵みたいです」
「そんなことないよ。おめでとう」
「ありがとうございます!つきましてはご相談が・・・」
畏まっていうから何かと思えば、柴門さんの誕生日が来月らしくプレゼントで本を渡したいけど、オススメはないかと言われた。柴門さんの好きなジャンルや読んだ本を聞いて何冊か店にある本でピックアップしてみたがしっくりこないようだ。
さてどうしようかと悩んでいると読みかけの雄介の本が目に入った。
「葵雄介の作品はどうだ?水島さんの中で柴門さんに合いそうな本を考えてみたらいいんじゃないか?」
「確かに・・・!それは良いかもしれません!決まったらここで取り寄せって可能ですか?」
「ああ、決まったら連絡してくれ」
「わかりました!ありがとうございます!」
そう言うとお辞儀をして店を出ていった。コーヒー豆を置きっぱなしだったので外に出て水島を呼ぶと「それはプレゼントなので貰ってください!」と言われた。
きっと柴門さんのプレゼントに悩んでいる水島を見た昌平が泰一の店に行くようにコーヒー豆を持たせたんだろう。そういうことがさりげなくできるのが昌平だ。
水島に手を振ってから店に戻って雄介の作品の続きを読み始めた。
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