感想と昔話






「初めて知りました。雰囲気良いですね」

「だろ。俺も編集の人に教えて貰ったんだよ」


中に入ると落ち着いた木のぬくもりが感じられるお店で明るくて可愛らしい雰囲気だ。



「いらっしゃいませ」


泰一や雄介よりも若い癒し系の女性が笑顔で振り返った。顔見知りなのか雄介のことを見ると、「あら、先生お久しぶりです」と親しげに声をかけている。



「香苗さん、お久しぶりです。こっちは高校の後輩の平山泰一です」

「平山です。いつも先輩がお世話になっています」

「こんにちは。神崎香苗です。こちらこそいつもお世話になっています」



挨拶を済ませると「先生のいつもの席空いてますよ」と一番奥のテーブル席を案内してくれた。

ここのテーブルは他と比べると比較的に人の目が届かない作りになっているので打ち合わせの時に使うことが多いと雄介が言った。所々花や緑が置いてあり癒される空間になっている。



「香苗さんはここの店主で、代々家族でこのカフェを受け継いでいるんだ」

「へえ、じゃあ随分古いお店なんですね」

「こういうところ昔から好きだろ?」

「はい。落ち着きます」



神崎さんが失礼しますと言い、水とメニューを置いていった。ランチのメニューはバリエーションが豊富でどれを頼もうか悩む。



「俺は日替わりランチにしようかな」

「じゃあ僕もそうします」



手を挙げるとすぐに神崎さんが来て注文を聞き、メニューを下げていった。



「ところでさ、『追憶の館』どうだった?読み終わったんだろ?」

「はい。・・・正直言うと世間一般の評価と同じですね。微妙です」

「・・・どのあたりが?」

「まずあのシーンですが・・・」



どのシーンのどこがわかりづらいか、もう少し短くしたほうが個人的には好きな場面、あと好きな表現を簡単に話すと、なるほどと言いながら雄介はメモをとっていた。メモをし終わると泰一が良い印象を持たなかったシーンに関してどうしたらもっと良くなったのか、実際の本と照らし合わせて文章を考えていく。

このシーンのこの場面は削ってこっちの場面の説明を厚くしたほうが読者にも伝わりやすいのではないかと試行錯誤しているところに日替わりランチがきた。

ワンプレートに乗っているおかずがハンバーグ、サラダ、ポテト。付け合わせにスープとご飯があった。

食べながらお互いの意見を交換し合うのは高校の時にひたすらしていたなと思い出して懐かしくなる。特に先輩が文化祭の文集を作成する際には何回も同じ作品を読み込んだ。その時は雄介の作品の文章を空でも言えるようになるまで読んでいたので、顔を突き合せたらやっぱりあの文章の言い回しはおかしいのではないだろうかと言い、喧嘩になったこともしばしば。今では良い思い出だ。



「ここまで突っ込んで考えるのは久しぶりかもしれない」

「編集の人や校正の人とこういう話はしないんですか?」

「んー、大枠がそれてない限り突っ込んでこないな・・・。今の編集の人とは付き合いそんなにないし、基本的に干渉されない方が仕事捗るから」

「・・・僕、結構干渉していますけど矛盾していません?」

「泰一はなー、なぜか昔からいけるんだよな」

「意味が分からないです・・・」



いけるってなんだ、いけるって。

雄介も言葉で表すのが難しいみたいで、なんとなく意見を素直にぶつけられる相手と言っていた。

昌平が言っていた「何故か話せる」と言うのと同じなのかもしれない。そう思うと口が綻ぶ。



「昔から泰一に言われると素直にここがダメだったのかーって受け止められるんだよなあ・・・。読書の知識豊富だしさ。なのに、泰一の文集といったら・・・」



思い出し笑いをする先輩を訝し気な目で見る。

確かに泰一の文集は酷かった。

読むのと書くのでは全然違うことを思い知らされた瞬間だった。もはや自分のページだけ燃やしてしまいたい。文集の出来が良いものは前半に悪いものは後半に来るのだが、毎回最下位だった。

我ながら読んでみるととてつもなくつまらない。

雄介が助言をしてくれてあれこれ手直ししてもどうにもならない基礎レベル。それから自分で物語を書くことは辞めた。



「その話はやめましょうよ・・・。文集以来文章を書ける人間じゃないって心底自覚したんですから」

「それは悪かったな。いつもアドバイスは適切なのにな」

「余計なお世話です」


そういうと二人ともぷっと噴き出して笑った。



「今書いてる小説も泰一に見て貰いたい。さっそくだが明日の朝見てくれるか?」

「良いですよ。今日と同じ時間に伺いますね」

「わかった」



それからご飯を食べ終えるまで、高校の先生の話や同級生が結婚した話などを話した。どれもたわいもない話だけど、懐かしいからか話が終わらない。



「食べ終えたし、そろそろ行くか」

「そうですね」



支払いの時に割り勘にするつもりが、雄介がすでに支払いを済ましていたようで奢られてしまった。

文句を言うと、意見を聞かせて貰ったからとお金を受け取ってもらえなかった。

今度ご飯を食べに来たときは絶対に支払うと譲らないでいると頑固者と笑われて小突かれた。泰一が不貞腐れていてもどこ吹く風の雄介は清々しい顔をしている。

その清々しい顔に住宅街ですれ違った女性たちが見惚れているのを見ると、イケメンっているだけで皆を幸せにするんだなと思う。


マンションの下に着くと、


「俺、今良い感じに書けそうだから家に帰るわ。今日はありがとな。また明日」


といって足早に階段を上がって行ってしまった。


残された泰一はお店を開けてゆっくり店番をする。雄介の作品を読んでいると、カランという音が鳴った。









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