コーヒーと穏やかな時間






棚に置いていたコーヒー豆の袋を手に取り、店のデットスペースに置いていたミルに2人分の豆を入れる。手動でハンドルを回すと程よく豆の良い匂いが店に広がった。



「凄く良い匂いですね。どこで買われたんですか?」

「貰いものだよ。友人がコーヒーを作っていて試飲を頼まれていてね。水島さんも良かったら感想教えて」

「了解です」



粉をコーヒーメーカーにセットして、ペットボトルの水を入れ電源を入れる。デットスペースに置いていた脚立を店内に持ってきて、自分が座っていた椅子を水島の方へ持っていった。



「良ければここに座って」

「ありがとうございます」

「店も一旦閉めるか」


外に出て看板を回収してクローズの札を出して扉を閉める。



「いいんですか?」


営業時間中にも関わらず閉めて大丈夫かという顔をしているが、今は店よりも水島の方が深刻だ。



「まあ大丈夫だろう。多分誰も来ないよ」

「そうなんですか?」


水島がくすっと笑う表情は中学生の時の面影がある。変わらないものがあると安心するなと思いつつ、店内に持ってきた腰の高さの脚立を広げて座った。



「この穏やかな時間が先輩そのものみたい」

「ありがとう。相変わらず言葉選びが良いな」



水島は昔から言葉選びが抜群だった。そのセンスが変わらず健在であることに微笑む。



「そういうのは先輩くらいですよ。周囲にはわかってもらえないので、不思議な子と思われているみたいです」

「自分が良いと思ったものは良いんだから、周囲にどう思われていようが関係ない」



実際それは本好きあるあるみたいなものだ。本を読み続けていると次第に色んな文章表現に出会う。その文章が自分を構成していくのだから、自ずと気に入ったフレーズや言い回しに影響されて言葉の選び方も変わってくる。だからこそわかる人にはわかるけど、わからない人にはわからないものが生まれる。水島の言葉遣いはわかる人にはわかるもので、わからない人には不思議と思われてしまう。ただ水島自身がそれを良しとしているのかはわからない。それで普通の『幸せ』を求めているのだろうか・・・。泰一は水島が求めている『幸せ』がどんなものかわからない。だが・・・。



「先輩のそういうところ好きですよ」



そう言って笑う水島の表情は違和感がある。無理に笑っていて泣きそうな顔で時折下唇を噛んでいる。水島は何かある時いつもそういう顔をしていた。中学生の頃は尋ねて答えてくれる時とそうでない時があって、答えてくれる時は大抵深刻そうな顔で「テストの点数がヤバくて読書するのを禁止されているんです」とか「お菓子の食べ過ぎで何キロ太ったんす」とかそういう話だった。

読書を禁止されるという時は水島の勉強を見てやったし、お菓子の食べ過ぎの時は笑いそうになりながら「健康的で良いんじゃないか?」と伝えると「いや、泰一先輩の傍にいるのだし・・・」とブツブツ言い始め結果的にダイエットに成功したと報告を受けた。

今回は死を意識するほどの悩みだ。答えてくれるかはわからないけど・・・。



「なにかあった?」

「え?」

「なにかあった時の顔してる」

「どんな顔ですか、それ」



水島は笑って誤魔化そうとしているが、泰一には無理をしているようにしか見えなかった。



「笑ってるのに泣いてる顔。僕の前で無理する必要ないよ。もし良かったら話聞かせて」



そう言うと水島は驚いた顔をした後、くしゃっと顔を歪ませて泣くのを我慢しながらポツリとただ一言「かないませんね」と呟いた。







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