ある女性との再会
本棚を眺めているショートカットの女性は、可愛いというより美人。諏訪さんに言われて以来あまりお客さんを見ないようにしているので泰一は読みかけの文庫を開いた。しばらくするとショートカットの美人はミヒャエル・エンデの『モモ』を持ってレジにやってきた。レジに来てからというものの、物凄い視線を感じるのは気のせいか。気のせいであってほしい。
「あの・・・」
「はい?」
顔を上げると、眉間に皺を寄せた美人がいた。迫力が凄い・・・。泰一は若干引き気味になりながらも次の言葉を待つ。
「平山泰一先輩ですよね・・・?中学生の時、図書委員で一緒だった水島です。覚えていますか?」
「え?あ、水島さん?」
「はい!」
笑った顔に昔の面影を感じるぐらいで名乗られないと全然わからなかった。昔は分厚いフレーム眼鏡に長い髪をポニーテールにしていて大人しい雰囲気だったのに、今ではばっさり髪の毛を短く切り、化粧も綺麗に施され、仕事ができる美人キャリアウーマンに見える。本当に女性はここまで変わるのかと思いながら、顔には出さず「久しぶり」と笑顔で答えた。
「お久しぶりです。以前勤めていらっしゃった書店の常連さん覚えていますか?高岡さんって方なんですけど、その方が私の取引先の営業さんなんです。偶々本の話をしていたら、平山先輩の話になって本屋さんを開いたとお聞きして来ちゃいました!」
「ああ、そうなんだ。来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
笑顔で受け答えしている水島が死を望んでいたなど、昌平の時も思っていたが考えられない。店は他に客がいないので、中学生の時の思い出話でもしよう。そうしたら何か話してくれるかもしれない。
「そういえば知っているか。司書の高島先生が去年結婚したそうだ。なんでも相手は卒業した生徒らしい」
「あ、知ってますよ。確かお相手は常盤美鶴さんです。去年の同窓会の時にその話で盛り上がりました!まさか同級生が先生と結婚するなんて少女漫画みたいだーって皆で騒いでましたよ。常盤さんは同窓会にいなかったので詳しいことはわからないんですけどね・・・」
へへっと笑う水島とは逆に泰一は固まった。
「そうか・・・。常盤さんね、なるほど・・・」
「どうかしましたか?」
中学生の頃、図書室で委員会終わりに高島先生と常盤さんが二人で話しているところを頻繁に見ていた。その頃から親密な雰囲気だったからまさかとは思っていたが、そのまさかだったとは。卒業してから時間が経っているとは言え、あの時の疑いが実現になるとは驚きでしかない。それを水島に話すと「先生と生徒の恋なんてロマンチックですね!」と目をキラキラさせるには違いないが・・・。
「いや、まさか二人が結婚するとはと思ってね」
泰一はその言葉を飲んだ。憶測の域から出ないものを話すと、そうじゃなかった時に迷惑を被るのは先生たちだ。それは本意ではない。泰一は誰に対しても出来るだけ平等でいたいと思っているし、自分の憶測で誰かに迷惑をかけることを良しとしていない。だからこそ話すときは慎重になり淡々としてしまうのだが・・・。
「そうですよね!街中で偶然再会してからスピード結婚らしいですよ。これこそまさに運命ですよね!」
・・・憶測を話さなくて良かった。よくよく考えてみればそれだけ長い期間付き合っている可能性も低いか。となると中学生の時に親密に思っていたのは勘違いだったのかもしれない。
水島に気づかれないようにほっと息を吐く。
何はともあれめでたいことだ。余計な詮索はしないでおこう。
「あ、すみません。先輩仕事中ですよね。そろそろ行きます」
袋に入った書籍を受け取って、外に出ていこうとする水島。このままだと次会えるのがいつになるのかわからない。昌平の時のように上手く行くかはわからないが、それでもやるしかない。泰一の頭にはレーヴが願いを口にした時の光景が浮かんでいた。
「水島さん」
「はい?」
「今日会社は?」
それを聞くだけでも緊張する。泰一は女性を誘うのが苦手だ。付き合ったことがある女性は泰一を引っ張っていくタイプの人で、それに合わせていれば良かった。不慣れなことをしている分、手が少し震える。そんなことを知らない水島は不思議そうな顔をしている。
「休みですけど・・・」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれる?」
そういうと水島は首を傾げていたが頷いた。
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