開店したエンデ






「はあ・・・」



ベットの中で溜息をつく。先程夢の本屋にいたからか、あまり寝た気にならない。身体は寝ていたが脳は起きている、偶に起きる現象に似ている。

昌平に会ったときは偶々本人だとわかったが、女性は会っていない期間が長ければ長いほど顔が変わるはずだ。化粧をしていれば別人になれると以前勤めていた書店の大学生アルバイトは言っていた。実際に化粧する前後の写真を見せられて驚いたことを思い出す。



「頼むと言われてもどうすればいいのかわからないじゃないか・・・」



弱気になってしまうが、それでもレーヴの願いは切実なもので無下にはできない。とりあえず身支度をして開店しよう。


ベットから起き上がり、ふらふらと身支度をする。店はオープンしてから一週間程経った。開店初日には書店で学生アルバイトしていた時に随分お世話になった諏訪さんが遊びに来てくれた。どこからか泰一が書店を開く情報を入手し、開店オープン祝いの花束をくれた。レジ台のところに置いているが、黄色やオレンジ色が多く目立つので店が華やかになる。花の種類の話もしてくれたがあまり興味がわかなかったので適当に流していると、「相変わらずね」と言いながらデコピンされてしまった。本気ではなかったと思うが中々痛くてその後額が赤くなってしまった。


彼女は吟味するように本棚を見ては手を伸ばして本の内容を見ていた。ある種の試験のように感じられて後ろ姿をジッと眺めていると、「さすがに視線が痛すぎて店主としてどうなの?」と呆れられた。全くその通りだったので、暫く諏訪さんを見ないように外を眺めていると5冊程セレクトされた本がレジ台に置かれた。



「いいんですか?」

「いいってなにが?」

「いや、あの・・・」

「泰一君の店って信頼できるじゃない。それに本のセレクト好きよ」



元々諏訪さんと泰一の本の趣味はとても合う。オススメしあった本のほとんどはお互いお気に入りの本になったし、感想を話し合うのも楽しかった。泰一が淡々と静かに話すのに対して、諏訪さんの熱の入りようは尋常ではなく早口で尚且つ嬉しそうに話すのが常だった。彼女がハマった本は書店で大きく展開されて沢山の装飾やポップが付けられていた。そのおかげで売り上げもかなり高く、業界の中でもヒットメーカーとして一目置かれている。


諏訪さんはお会計を済ませると「また来るわ」と言って雑談をすることなくさっと出て行ってしまった。常に忙しそうに動き回っている彼女のことだ。この後にも予定が詰まっているのかもしれない。そう思いながら背中を見送った。


諏訪さんがこの店のことを広めたのか書店界隈の人が随分来てくれるようになった。何も買わずに泰一と話すだけの人もいれば、興味深そうに本棚を見て「新しい本屋さんっていいね」と言ってくれたり「応援しているよ」と言って何冊も本を買ってくれたりした。正直とてもありがたい。宣伝に力を入れる余裕がなかったから集客が見込めないだろうと思っていた矢先の幸運。諏訪さんには足を向けて寝れないなと思いつつも、彼女が次来店するまでにどんな本を置こうかと考えるのが楽しい。


カシェットのマスターと昌平、都内の書店に勤務していた時の常連客は昨日お祝いに来てくれた。狭いところに男ばかりで圧迫感があったが、記念にとそれぞれ書籍を購入してくれたのがとても嬉しかった。


支度を終えると、マンションの一階にある店に向かう。シャッターを上げ、店の掃除をした後に『エンデ』と書かれた簡易立て看板を外に置く。店を出すならこの名前と中学生の時に思っていたことが実現した。由来はドイツ児童文学者のミヒャエル・エンデだ。彼の作品で絶版本ではない本は店の本棚にひっそりと置いている。読書好きになったのは、店主が贈ってくれて読んだミヒャエル・エンデの作品たちが影響している。特に『はてしない物語』『モモ』は何度も読み返し、年を重ねても飽きがこない。寧ろ年を重ねたからわかる良さがあり、愛読書として自宅の本棚にもある。誰かの愛読書になればという気持ちで店にも置き、ミヒャエル・エンデが送った生涯も併せて興味を持ってもらえたらと関連本も置いている。



「やっぱり自分の好きな本があるといいな・・・」



店がだんだん落ち着いてきたので久しぶりに読み返すのもいいかもしれない。今読んでいる本が終わったらもう一度読み返そう。9時の開店に合わせて携帯のアラームが鳴った。『エンデ』の営業時間は9時から18時。今のところ開店は固定だが、閉店は不規則でもいいかなと考えている。お客さんにゆっくり本を見てほしいという気持ちがあるから急かすことはしたくない。個人営業だしそこは融通の利く範囲だと考えている。


午前中はお客さんが一人二人来店したが、平日ということもあってか上にマンションがあれども人が来ない。早めに昼食休憩を取ろうかなと思っていた矢先に一人の女性が入ってきた。







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