2章 中学校の図書委員後輩

『幸せ』を選ぶ理由






「ようこそ、夢の本屋へ」



レーヴは光の中から出てきた一人の女の子を招き入れた。女の子は昌平が来た時と同様に周りを不思議そうに見渡している。彼女が入ってくると本の表紙が変わり、全体的にピンク色の本が並んだ。『幸せなお嫁さん』『幸福のお姫様』と言ったタイトルが目立つ本が並んでいる。



「ここは・・・?」

「ここは夢を売る本屋だ。私の名前はレーヴ。ここの店主だ。そしてそこに立っている朴念仁は店員だ。売っている品物はそこの棚に置いてある。君が見たい夢をとってくるといい、水島雫さん」



不思議そうにしていた水島雫は、眉間に皺を寄せていたが本棚を見ると目がキラキラと輝き始め、先程のやり取りが気にならないほど本選びに没頭し始めた。



水島雫。中学校の時の図書委員の後輩だ。普段は大人しい女の子だが、本の話になると目を輝かせて、好きな本について熱心に話し始める子だった。


泰一もその熱心さには慄いたほどだ。お互い本好きだからか、図書委員会で会う時や当番が被ったときは、話が止まらない。一時期は交際しているのではと噂が立っていたが、本人たちにその意思はなく、あくまで先輩後輩の図書委員の中で留まっていた。

それは卒業するまで変わらず、水島が卒業式の際に泰一に言った言葉と言えば「先輩がいなきゃ、誰と本の話をすればいいんですか!」だった。周りにいた同級生たちが驚いた顔をする中、泰一は苦笑いするしかなかった。その時に水島と連絡先を交換という発想はなく、あくまで図書委員の中での出来事に留めていた。先輩後輩の関係でないのであれば、水島とは関わらないという、今ではよくわからないポリシーが当時の泰一の中にあった。それは一種の自己防衛であり、身勝手であったと思う。水島はただ純粋に先輩として親しんでくれていた。それは見ているとわかる。ただ周りはそうだと思わないのだ。

それがいつしか雑音となって耳に届くたびに水島はどう思っているのか。泰一なんかと一緒にいたら彼女が不自由してしまうのではないかと思い、一定の距離を置いていた。卒業するときにホッとした気持ちになった。これで水島が変な噂を立てられなくて済む。それと同時に自分もその噂の渦中にいなくて済むと思った。ホッとした気持ちの中には後者の方が大きかったと思う。あの後、水島と会うことはなかったから、すっかり忘れてしまっていた。



「ねえ、レーヴ。一つしかダメ?これとこれも欲しいの」


そう言ってまだ幼い顔の水島は『幸せなお姫様』『幸せな恋人』という本を持ってレーヴを見つめている。



「ダメだ。夢が混在してしまうだろう。そうするとどの夢も中途半端になってしまうぞ。幸せにはなれない」


水島が選んだ本は全て『幸せ』と接頭語が入った本ばかりだった。成長した彼女は夢の中で幸せを求めているほど、現実が辛いのか。



「幸せな本が好きなのか?」


思わず中学生の水島に尋ねる。初めは泰一の存在を忘れていたのか驚いていたが、右手を顎に当てて考えている。言葉を選ぶ時によくそうしていたなと懐かしい気持ちになる。



「好きというより、私が現実に立ち向かう為に必要なもの、かな。辛いことがあっても本の世界では別人になって幸せを感じることができるでしょう。現実逃避だって言われるかもしれないけど、現実で人を救えることって少ないと思うんです。だから一人でも立ち直る為に幸せな本を読むの。読み終わったら現実に絶望していた自分と別れて、今の自分を大事にしていこうっていう気持ちになるんですよ!」



そう言ってにっこり笑う水島に衝撃を受けた。昔からバットエンドは苦手、ハッピーエンドが好きなんですと言っていたわけにはそういう理由があったのか。



「そうか」


歳の離れた妹のようで頭を撫でてやると、へへっと嬉しそうに笑う。








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