魔法のカレー






「僕の方で紹介できる仕事がないか探してみるよ」

「ありがとう・・・」



そう言って気の抜けた笑顔を浮かべる昌平と泰一の間には、ほっこりした柔らかな雰囲気が流れていた。そこへスパイシーで美味しそうな匂いがするカレーが運ばれてきた。



「オリジナルカレーです」



先程までのやり取りが聞こえていたはずだ。一区切りついたタイミングでカレーを運んでくれたマスターに感謝する。ニコリと笑ってカウンターに戻ったマスターを見てふと思い出した。



「マスターが言うにはカレーには人を幸せにする力があるそうだ。食べよう」

「ああ」

「「いただきます」」



声が揃うと二人とも顔を合わせて笑ってしまった。マスターのオリジナルカレーはスパイスの調合が絶妙でコーヒーの粉を隠し味に入れているが、調合は企業秘密とのことでカレーが食べたくなったらここに足を運んでいる。

目の前に座っている昌平はカレーの味が気に入ったのか、がっつくように食べていてさながら運動部に所属している高校生のようだ。



「美味いな」

「だろ。ここのカレーが食べたくて月に何回か通っている」

「俺も通いそうだ。場所覚えられるかわからないけど。とりあえずおかわりしていいかな?」

「がっつくな・・・!?」

「こんなカレーを出されてがっつかずにいられるか!!!」



昌平はマスターを呼んでおかわりを頼んでいる。マスターはというと笑みを深めて「かしこましました」と言った。昌平と話していると先程よりも多い量のカレーがテーブルに置かれた。



「マ、マスター?」



思わず顔を引きつらせてマスターを見ると、昌平の方を見て破顔している。



「どうぞ」



おかわりして貰えたのがよっぽど嬉しかったのだろうか。昌平はというと驚きつつも目をキラキラさせて「ありがとうございますっ!」と言っている。



「ごゆっくりどうぞ」



マスターはそう言うとテーブルから離れた。

カレーをおかわりして貰ったのが嬉しかったにもかかわらず、客に話しかけないのがマスターらしいと思った。彼は自分から話を振ることがあまりない。大抵客の方から声をかけられてそれに答えるというのが多い。泰一もそういう接客をしてきたので、マスターと通ずるところがあるなと思いながらカウンターへ帰る背中を見つめた。



「サービスしてくれたな!!」



昌平はと言うとよほど嬉しかったのか、ニコニコしながら食べている。さっきの悲しい顔よりも笑っている顔の方が昌平に似合うなと思いながら、泰一はふっと笑った。



「ここの位置情報携帯に送るから連絡先教えてくれ」

「ああ。・・・泰一、色々ありがとうな」

「僕は何もしてないよ」



そういうと昌平は微笑んで、残りのカレーを食べている。



「カレーと言えば・・・」



泰一は自分が食べ終わったので手持ち無沙汰になり、昌平が食べているところを見ていてふっと一つの本のタイトルが思い浮かんだ。



「なんだ?」



昌平はカレーを食べる手を止めて、泰一を見る。



「『ミステリと言う勿れ』の中でもカレーが出てきたなと思って」

「出た。すぐ本に結びつける癖」



昌平は目を細めて懐かしそうな顔をしている。



「で?それって小説?」

「いや、漫画」

「あれ、珍しいな。泰一が漫画を読むなんて」



泰一は基本的に小説しか読まないが、この漫画は勤めていた書店で仲良くしていた同僚が「面白いから絶対読め」と言って全巻貸してくれた。読み始めたらその面白さに見事にハマってしまい、自分で後から買ってしまったぐらいハマっている漫画だ。



「少女漫画では珍しいミステリー要素が濃くてな。主人公が大学生の久能整という人物で、彼が語る話が凄く面白い。人よりも着眼点が多いから色んな事に気づいていて、それを自分の中にある知識と結び付けて話をするんだ。ミステリーだから事件が起きるし、推理もするんだけど小説を読んでいるような気持ちになるよ。」

「それくらい本格的ということか」

「ああ。昌平も買ったらどうだ?」

「漫画なら買ってみようかなあ」



泰一の話を聞きながらもカレーを食べ続けていた昌平はぼんやりとそう呟く。頷いて見せると「近所の本屋で買ってみるわ」と言った。『ミステリと言う勿れ』は確かに漫画だが、それなりの台詞量だ。もしハマったら苦手だと言っていた小説をオススメしても良いかもしれない。ミステリー小説で昌平が読めるようなライトな書籍・・・。今自分の店が開店していないのが歯がゆい。






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