昌平の諸事情
「あの・・・さ、」
下を向いていた昌平の顔が上がり悲しそうな目と目線が合う。
「俺、会社をクビになった・・・。新卒で入社してから営業として働いてた会社でさ・・・、初めは失敗ばかりだったけど、周りの人たちに支えて貰いながら今まで頑張ってきた・・・。一緒に働いていた上司が良い人でさ。面倒見が良くて頼れる人だったんだ。その人とは五年一緒に仕事してたけど、アメリカ支社の方へ転勤しちゃって・・・。俺はその人がずっとアメリカ支社へ志願していたことを知っていたから、嬉しかったよ。最後に大泣きして笑われたのも今では良い思い出だ。・・・けど」
「けど?」
「その後の上司が最悪だった。失敗は全部部下のせい。成功は全て自分のおかげっていう人で、ついていけないって見切りをつけた先輩と同僚たちは次々に転職していった。その転職していった人たちを無能呼ばわりだよ。俺は成績を残して絶対あいつより上に立ってやると思って仕事してた。それを見抜いていたんだろうな。他の営業が起こした失敗を俺のせいにしたんだ。詳しくは言えないが、それが会社を揺るがしかねない失敗だった。俺がクビを通達されたときのアイツの顔は未だに忘れられないよ・・・。クビを言われてからは毎日吐きそうだった。失敗した営業や他の人たちは巻き込まれないように無視を決めていた。前の上司にこんなことは相談できない。八方塞がりで会社を追い出された。この先どう生きていけばいいって言うんだ。俺はどうすればいい・・・」
絞り出すように言った声が震え、頬には涙が伝っていた。泰一は昌平にハンカチを渡した。
「ありがとう」と言いながら涙を拭く昌平を見て、会ったこともない上司に怒りを覚えた。あまりにも理不尽な出来事だ。
「昌平は悪くない」
何という言葉をかけていいのかわからなかったが、ただぽつりとその言葉が心の底から出てきた。泣いている昌平と目が合う。ゆらりと揺れるその瞳が、どれだけ涙を流したのだろうか。悔しくて悔しくて悔しくて、でも誰にも言えなくて、どうしようもなくなってしまった、どうすればいいのかわからなかった。迷子になって今もずっとわからないでいる、その迷った瞳を少しでも和らげたい。
「小学生の時、僕は人見知りだから誰とも馴染めなくて教室で一人だっただろ。けど、そんな僕に昌平は声をかけて、引っ越すまでずっと傍にいてくれた。昌平といた時はずっと楽しくて気づかなかったけど、教室の中で遊ぶよりも外で遊ぶ方が好きだったんだろう?それを我慢してずっと傍にいてくれた。昌平は自分が我慢して人の為に優しくできる人だ。今回も他に何か事情があったんじゃないか?」
「なん、で、何も知らないのにわかるんだ・・・。それに外で遊ぶ方が好きって言うのも・・・」
「僕は昌平の人となりを知っているからね。外で遊ぶ方が好きって言うのは昌平のおばさんが『洗濯物が多くて大変』って言ってて、昌平一人っ子だからおかしいなと思ってのを思い出したからだよ」
外で遊ぶ方が好きだった話を誤魔化すのは苦し紛れになってしまったが、何とか誤魔化せた気がする。
昌平はふっと笑うと、肩を丸めて訥々と事情を話してくれた。失敗した営業の人には家庭があって、子供はまだ幼く手のかかる年頃。昌平はたまにその人の家へ遊びに行って子供と一緒に遊んでいた。これからお金が必要になるというのにクビになってはその家族が路頭に迷ってしまう。昌平は独身で結婚もまだ考えていなかったので、その家族のことを考えて代わりに辞めることにした。だが再就職となると中々難しいのが実情で途方に暮れているということだった。
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