夢から醒める
「あ・・・れ、・・・」
同じ姿勢で寝ていたからか首・肩・腰が凝り固まっている。起き上がるたびに節々がポキポキと鳴る。完全に起き上がると、ぼやける目を右手で擦り、周りを見渡した。
「なんだこれは・・・」
視界がクリアになって見渡すと、本が棚に収まっていることは勿論、装飾が増えていた。上からはお気に入りの電球の他に電球と同じ数の観葉植物が所々に吊るされていて、コンクリートの壁は下から五センチはそのままだが、他の部分は濃藍の壁に変わっていた。他にも変わっている部分はないかと立ち上がってみると、本棚の反対の壁に高価すぎて購入を諦めたソファーが置いていた。
外枠が木で作られており、クッション部分が濃藍のヴィンテージソファーだ。ソファーの奥と入り口近くには大きな観葉植物が置いてある。この空間デザインは当初思い描いていたものとそっくりだった。予算の関係で削ってしまったデザインが目の前に広がっていて、唖然とする。
「レーヴか・・・」
きっとあの猫のことだ。昔、思い描いた夢を覗いたのだろう。ドヤ顔が目に浮かぶ。だが夢と現実の狭間とはいえ、こんなことができるものなのだろうか。いや、できるからこそここは開かずのテナントだったのだろう・・・。
―ぎゅるるるるるるるる・・・
そのドヤ顔を吹き飛ばすような大音量の腹の音が響いた。
そういえば昨日の昼から何も食べていない。夜は珈琲だけだった。家に帰ろう。
そう思うと足早に店を閉めて店の上のマンションへ向かう。三〇二号室の扉を開けると、本だらけの我が家が迎え入れてくれた。自分では気にしたことはなかったが、周りが言うには本以外ミニマリストだと言われる。確かに本以外の物が溢れかえっている空間はあまり好まない。どちらかと言えばシンプルな方が思考がクリアになって好みだ。
この部屋で目立っているのは天井まである本棚。そこに入らないものは新たに設えた低めの本棚に入れている。新刊はつい買ってしまうが、読み終わった本は長年書いている読書ノートに書き終わったら、気に入ったもの以外は人に渡すようにしている。誰も手に取らなかったものは、家に置いてあるが時間が経てば引き取りたいという人が出てくるのが不思議だ。巡り巡って誰かの元へ引き取られていくのを見ると、微笑ましい気持ちになる。
玄関から向かって右手のキッチンで手を洗い、冷凍していた米を取り出し、電子レンジで温める。その間に大根と人参の入った味噌汁を作る。途中で電子レンジの音が鳴り、味噌汁が出来たところで朝ご飯だ。他にも梅干しと海苔があるシンプルな和食。朝は和食と決めている。学生時代は洋食だったが、一人暮らしをするようになってから和食に目覚め、それ以来朝は和食が定番となった。一時期料理に凝っていた時期があったので、ある程度の料理はできる。
「いただきます」
一人暮らしになったとしても、「いただきます」「ご馳走様でした」は癖で言ってしまう。それは昔祖母の家に遊びに行った時に口酸っぱく言われていたことだった。祖母はマナーにはとても厳しい人だった。普段は温厚な人だったが、その部分だけは頑なで誰が何を言おうとも譲らなかった。
「泰ちゃん、『いただきます』は?」
鋭い眼光で言う祖母は怖かったが、ちゃんと言えば温かい目で見てくれた。にっこり笑ってくれた後に食べる祖母の料理はどれも絶品で、目を輝かせながら「美味しい」と何度も言ったものだ。厳しい指導をしてくれた祖母に感謝しかない。
学生時代の時から大人に所作の綺麗さを褒められていた。そのせいで揶揄われることもあったが、別段何か思うことがなく受け流していた為か、揶揄われることが次第になくなっていった。その頃から自分にとって興味のない対象に関しては冷めていたと思う。
以前付き合っていた彼女には「本の話をするときの貴方は素敵な顔だけど、私の話を聞いている貴方は冷めた顔をしているわ。そんなに私の話って面白くないかしら」と言われた。勿論そんなことはないのだが、無意識にそんな顔になってしまっているらしい。それ以来、もうかれこれ五年ほど彼女はいない。作る気がなかったといった方が正しいか。書店勤務で充実した毎日を過ごしていた泰一にとっては、さして重要なことではなかったと言える。それより本の売れ行きや著者の人たちと話している方が楽しかった。
けど・・・。
「はあ・・・」
それは突然やってきた。
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