1章 小学校の友人
ゆめのほんやさん
「ん・・・」
目を開けるとぼんやりとした視界に茶色い物体が見える。目をこすってよく見てみると、それは猫の背中だった。
店に猫・・・?と思いながら近づこうとすると、本が宙に浮かび物凄い速さで目の前を横切った。そしてその本は段ボールへと収納されていく。
「は・・・?」
呆然としていると、声に気づいたのか茶トラの猫がこちらを向いた。
「お前、起きたのか」
一瞬目を大きく見開いたと思えば、すぐに鋭い目つきへと変わる。
「ああ、起きたわけじゃないのか。起きていたら私が見えるわけがないからな。ああ、夢で私の邪魔をしに来たか、煩わしい。さっさと戻れ、邪魔だ」
さっきから何を言っているのかわからない。というかなぜ猫が喋っているのか・・・。
泰一の呆然とした姿を無視するように、全ての本が段ボールの中に収納され、何も書かれていない白の本がずらりと面の状態で棚に並んだ。
そして玄関とは真反対にあるコンクリートの壁が光り、そこから一人の少年が出てきた。小学校低学年だろうか。幼い目が不思議そうに周りをきょろきょろ見渡している。
「あ、本が・・・」
さっきまで白い本だったのに、色がつきタイトルも書いてある。
『ぼうけん』?『きけん』?『まほう』・・・?なんだこれは。
泰一は自分の店に置かれた不思議な本を見て目を彷徨わせる。ここにある本は現実にある本ではない。絵本のように大小さまざまな大きさがあるもののそれ以外わからない。
「ようこそ、夢の本屋へ」
猫が少年へ近づき、二本脚で立ちお辞儀をした。
ジブリの『猫の恩返し』で見たことがある光景が目の前で起きようとは・・・。
何でも自分が見たことや読んだことがあるものに結びつけてしまう泰一は『猫の恩返し』のシーンを思い出しながら二人のやりとりを見る。
「わ、ね、猫が喋ってる!?」
少年も初めて見た泰一と同様に驚いている。少年が猫のことをジロジロと見ていると、見られている猫はふっと笑った。
「夢の中だから喋れても不思議じゃないだろう」
「ゆ、め・・・?そのお兄さんも僕の夢?」
泰一のことを指差す少年を見て、猫は慌てて泰一の方へ向いた。
「お、お前っ!まだ戻ってなかったのか!?」
「いや、戻るってどうやって?」
戻れるのであれば泰一とて戻りたい。ここが自分のいた店だということはわかるが、今や全く別物と考えた方が良さそうだ。
「ああ、もういい。そこで座っていろ」
「はあ・・・」
猫に呆れられてしまった・・・。
泰一のことを睨んだ猫は少年の方へと顔を戻した。
「こいつのことはほっといていい。私の名前はレーヴ。ここで夢の本を売っている。売っている品物はそこの棚に置いてある。君が見たい夢をとってくるといい、有馬昌平くん」
「ぼ、僕の名前!?」
「君の夢の中にいるから名前を知っていても不思議じゃないだろう。ここにいることができる時間は決まっている。さあ早く選んできなさい」
「うん!」
元気よく棚へ駆け寄っていく少年を見て泰一は驚いた。
有馬昌平、それは小学校低学年の時に同じクラスだったクラスメイトの名前だ。途中で親の都合で引っ越してしまったが、当時一番仲が良かった。二人で本の感想を言い合ったりゲームしたり、インドアが好きな唯一の友達だった。
彼が転校してから泰一は一人で本を読んでいることが多くなった。いじめられていたわけでもないし、クラスメイトと話をしたり遊ぶこともあったが、それ以上に本を読む時間が大切だった。泰一は昌平がいなくなったことで一人の世界に熱中することが多くなり、それ故に担任や両親が心配していた。通信簿に大抵『友達を作りましょう』と書いてあった。余計なお世話だと思いつつ、黙って頷いていた。それで先生が満足すると子供ながらに思っていたからだ。子供にも関わらず打算的な考えをしてしまうのは、泰一の生来の性格と言っても良いかもしれない。本を読んでいるからか、昔から物事を俯瞰的に見てしまう。周りから見ると冷めた人間に見えるかもしれない。けど、泰一はただ自分と同じような人間と出会うのを待っていただけだ。本が好きで、お互い感想を言い合えるような仲間を・・・。
そんなことを考えていると物凄い形相でレーヴが泰一を睨んでいる。その目は「さっさと出ていけ」と言っているが、戻り方がわからないのでどうしようもない。
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