第12話『Flowerパニック』

「諜報部ハココカー?」

 その人は突然、放課後の視聴覚室に現れた。何か片言で喋っているけど、外人なんかな?でも、東郷学園の制服着ているしなぁ~。

 髪は肩まであるウルフカットで艶のある黒。背は私よりも少し高く(140ぐらいかな?)、ややぽっちゃりした感じ。パッチリした目で可愛らしい感じの人だ。

「やぁ崔(ツゥイ)さん、どうしたの?」

 深山がそう言って挨拶するけど、名前からして中国人なんかな?何なんだろう?一体。

「深山ー、調ベテホシ事アルヨー」

 …何だかよく分からんけど、諜報部への依頼があるらしい。

 岡と深山に聞いた話によると、この人は2年C組の崔(ツゥイ)小雲(シャオユン)さんという、中国からの留学生なんだそうだ。お父さんが貿易商をやっているんだとかで、小さい頃から中国と日本を行ったり来たりしていて、日本語は少し怪しいけど、もうすっかり日本にも馴染んでいるらしい。

 んで、その崔さんの依頼って何だろう?

「2年D組ノ酒井ノ事、教エテヨー」


 依頼内容は至って普通。気になる男子について調べて欲しいという、ただそれだけの事だった。崔さんのインパクトが強かったから少し身構えてしまったけど、ちょっと拍子抜けした感じかも。まぁ、気になる相手がいるなんてのは、日本人も中国人も変わらんのだろう。

「最初は一体何だろう?って思いましたよ」

 そう言う私に岡は、

「まぁ、あの人はいつもあんな感じだから。初めて会う人は、ちょっと戸惑うかもしれないね」

 そう言って笑っている。ちょっとどころか、かなり戸惑ってしまったわ。

 でもまぁ、今回の調査依頼については、既に岡のデータベースに情報がある人なんだそうで、特に問題は無いだろう。この時私は、そう気楽に考えていた。


 次の日。放課後の視聴覚室で、崔さんに岡がまとめた調査資料を手渡す。

「オォ、アリガトネー♪」

 何か一応、喜んでくれたみたいだな。ご希望に添う事が出来たようで何よりだ。ただ、崔さんは受け取った資料を読み始めたんだけど、

「コレ、何テ意味ー?」

 資料に書かれた日本語が、よく分からないと見える。岡と深山が資料について説明するのだが、崔さんはちゃんと理解出来ているんだろうか?てゆーかこの人、日本での生活はそこそこ長いはずなんだけど?

「オーケー、分カタヨー。アリガトネー♪」

 一通り説明を終えて、ようやく崔さんは納得してくれたらしい。まぁ、中国の人だから言葉の壁は仕方が無いか。

「崔さん、ちゃんと資料の内容を理解してくれたんでしょうかね?」

 崔さんが立ち去った後、岡と深山に聞いてみる。

「まぁ、大丈夫なんじゃないかな?何かあったら、またすぐ質問しに来ると思うよ」

 岡はそう言って、額の汗を拭った。この岡に汗をかかせるとは大したもんだ。

「崔さんが調査依頼をしてきた酒井は、彼女とか浮いた話は全然聞かないし、崔さんが上手くアプローチすれば、十分付き合える可能性はあるんじゃないかな。そうなれば、国際カップルの誕生だよ」

 深山がそう言って、髪をかき上げるけど、コイツも額に汗が滲んでいるようだった。崔さん、なかなか手強い相手だな…。

 でもまぁ、崔さんの恋愛については応援してあげたいかな~。何かご縁があっての事だろう、せっかく日本に来たんだから、良い思い出を作ってもらいたいもんだ。国際親善とか難しい話はどうでも良いけど、こうしてわざわざ諜報部に調査依頼をして来た訳だし、上手い事話がまとまると良いんだけどねぇ~。



 次の日。お昼休みに川中さんと中庭を歩いていたら、崔さんの姿を見掛けた。花壇の前でしゃがみ込んで、一体何をやっているんだろう?

「崔さん、花壇の花を見ているんですか?」

 私がそう聞くと、崔さんは

「花ガキレイダカラー、摘ンデルヨー」

 あ~、そっか、お花摘んでいるのね~…って、オイ!

「ちょっ、崔さん!花壇のお花摘んじゃ駄目でしょ!?」

 私がそう言っても崔さんは意に介さず、

「ドウシテー?良イジャナイー?」

 そう言って、一心不乱に花を摘み続けている。何が悪いのか、全く分かってないようだ。

「ちょっと、そこ!何をやっているの!?」

 あ、園芸部の藤枝さんに見付かった!これはヤバい所を見られたな…。でも、崔さんは自分が間違った事をやっているって気付いていないらしい。このまま放っておく訳にはいかんだろう。私は崔さんの手を引いて、脱兎の如くその場を逃げ去る。

 どうにか藤枝さんの追跡を逃れ、私達は図書室に逃げ込んだ。久しぶりに全力疾走したもんで、心臓バクバク言っているわ。

 ところが崔さん、今自分がどういう状況に置かれているのか、全く分かっていないようだった。

「ドウシテ走ルノー?私、疲レチャタヨー」

 その左手には、花壇で摘み取った花がしっかりと握られたままだった。

「あのね崔さん、花壇の花を勝手に摘んじゃいけないの。さっきの人は花壇のお花を手入れしている人なんだから、きっと怒っていたと思うよ?」

 私がそう言っても崔さんはキョトンとした顔をして、

「ドウシテー?オ花屋サンジャナイダカラー、摘ンデ良イデショー?」

 …この人は一体、何を言っているんだろう?お花屋さんじゃないから良いっての?違うでしょ!

「あのね、花壇の花は皆で見て楽しむ為の物なの。お店じゃないからって勝手に摘んじゃいけないの。崔さん、分かる?」

 私がそう言うと、崔さんは首を傾げていたけど、

「オーケー!日本のルールネ!」

 一応、分かってくれた…んかな?

「そう、日本のルール。皆で仲良くする為のルールだから、ちゃんと守ってね?」

 すると崔さん、

「オーケー!分カタヨー!」

 そう笑顔で応えてくれた。中国では普通に花壇の花を摘んだりしているんか?まぁ、日本のルールという事で理解してくれたんなら良しとしよう。

「コノ花キレイダカラー、酒井ニ見セヨウト思タノニナー」

 そう言って、崔さんは手に持った花を残念そうに見ている。そういう事だったんか。でも、花壇の花を摘んじゃいかんでしょうに。

「気持ちは分かるけど…、そういう事しちゃいけないから。酒井さんも、勝手に花壇から摘んできたお花を見せられても、嬉しくないと思うよ?」

 私がそう言うと、

「嬉シクナイ?ソウナノー?」

 崔さんはそう言って、首を傾げている。まるで、小さい子供を相手に話しているみたいだ…。何か、無駄に疲れるな…。


 次の日。朝登校する時に崔さんに出くわした。どうやら崔さん、自転車通学しているらしく、後ろからいきなりベルを鳴らされたのだ。

「城ヶ崎、オハヨー!」

 そう元気良く挨拶されたんだけど、崔さんスカートを思いっ切り風になびかせて、パンツ見えているんですけど!?

「ちょ、ちょっと崔さん待って!後ろ後ろ!」

 慌てて呼び止めたんだけど、崔さんは笑顔で

「ドシタノー?」

 と、全く分かっていないようだった。私は慌てて駆け寄り、小声で崔さんに

「崔さん、スカート捲れてパンツ見えていたよ?」

 と言ったんだけど、崔さんは笑いながら

「制服ノスカート短イダカラー、仕方ガ無イヨー」

 なんて言っている。随分あっけらかんとしているな…。

「崔さん…、恥ずかしくないの?」

 私がそう聞くと、

「チョト恥ズカシイダケドー、制服カワイイカラー。仕方ガ無イヨー」

 そう言って、笑顔は崩さない。何かこの人、感覚がズレてるよな~。中国の人だから?元々こういう性格の人なの?

「あのね崔さん、スカートで自転車に乗る時は、こうやってお尻の下に挟んでやって…」

 お節介かもしらんけど、何かこの人、放っておけない。私はスカートで自転車に乗る場合について説明してあげた。

「オォ、分カタヨー!アリガトネー!」

 一応、説明してあげるとイヤな顔もせず、素直に話を聞いてくれるんだよなぁ~。ただ、この調子だと、他にも知らない事や分かってない事、世間的にズレている事がありそうな気がする。今後も日本で生活するんなら、色々教えてあげた方が良いんじゃなかろうか?

「崔さん…、私と友達になりませんか?」



 こうして私は、崔さんと友達になった訳だ。自分から申し出ておいて、こう言うのも何だけど、外人の友達なんて初めての事だわ。

「朋子ー!今来タヨー!」

 今日はとりあえず、一緒にお昼ご飯を食べる事にした。崔さんはいつも学食を利用しているそうなんだけど、東郷学園の学食は結構広く、お弁当などの持ち込みも可能なので、私も相席させてもらう事にする。

 それじゃあ私はお弁当なので先に席をキープして、崔さんがご飯買ってくるのを待つとするか。そう思い崔さんの後ろ姿を見送ったんだけど、食券を買う為に券売機の前にたくさん人が並んでいるのに、崔さんは何を考えているんか、行列を無視して先頭に突っ込んで行った。当然割り込まれた人達が文句を言っているんだけど、全く意に介さないようだ。何で?慌てて崔さんを引き留める。

「ちょっと、崔さん、ちゃんと列に並ばなくちゃ駄目でしょ?順番は守らないと」

 慌てて崔さんの手を引いて行列の後ろに連れて行こうとするが、

「ドウシテー?早クシナイト駄目デショー?皆遅イダカラー」

 なんて言っている。遅いから?イヤイヤ、ちゃんと列に並んで順番を守らないと駄目でしょ?あ、でも、中国人は行列を守らないって話を聞いた事があるな…。イヤ、ここはちゃんと、日本のルールを覚えてもらわないと。

「あのね、日本ではこうやって、順番に並ぶのがルールなの。早い者勝ちとか、そういうのじゃないから。崔さん、分かる?」

 すると崔さん、ちょっと微妙な顔つきをしていたけど、

「ソウナノー?日本ノルールナラ仕方ナイネー」

 と言って、大人しく列に並び直してくれた。どうやら私の言ってる事は分かってくれたらしい。

 本当に、間違っていると指摘すれば素直に言う事聞いてくれるんだけど、出来れば行動に移す前に気づいて欲しい。でも、それを何とかしようと思ったんだから、ちゃんと私が指摘してあげないとな〜。何か先が思いやられるけど、頑張るしかないか。


 崔さんと一緒にご飯を食べながら、日本と中国の違いについて話をする。

「日本に来て、中国と違うなぁ〜って思った事、何かありますか?」

 そう質問すると、崔さんは、

「日本ノ人ハ、オ湯飲マナイネー」

 と言った。どういう事かと話を聞くと、

「中国ダト食堂ニオ湯アルヨー。オ金イラナイネー。デモ日本ノ人ハオ茶飲ムネー」

 日本だとご飯を食べる時にお茶を飲むのが普通だけど、中国ではお湯を飲むのが普通らしい。何か意外だな〜。中国の方がお茶を飲む文化が強そうな気がするんだけど。

「ホトンドノ食堂デ、オ湯ノサービスアルヨー。デモ日本デハ、オ茶ガ飲メルカラ良イネー」

 ふ〜ん、そういう違いもあるのか。私は日本以外の国を知らんから、これが当たり前みたいに考えていた。

「ソンナ事ヨリー、朋子教エテヨー。日本ノ男ノ子ハー、誕生日ニ何モラウノガ嬉シイカナー?」

 崔さんにそう質問されたけど、多分この前調査依頼をして来た酒井さんの事なんかな?確か、男子バスケ部の人で、趣味自体もバスケをやったり観戦したりだったと思うんだけど。

「それって酒井さんへのプレゼントですか?」

 小声でそう質問したら、崔さんはちょっと照れたように、

「ウン。酒井ニプレゼントスルヨー。コレ、内緒ネー」

 と小声で答えた。そうか、崔さんはもう酒井さんの個人情報を入手しているんだし、次の段階に進もうとしているんだろうな。これは的確なアドバイスをしてあげなきゃならん。でも、私には男の子が喜びそうなプレゼントって、何なのか分からんしなぁ〜。

「この前、酒井さんの個人情報資料は受け取りましたよね?ただ、男の子が喜びそうなプレゼントとなると私にも分からないんで、ウチの部長、岡と深山に相談しませんか?」

 そう提案すると、崔さんは、

「出来ルナラー、他ノ人ニハ秘密ニシテ欲シイヨー」

 と答えた。う〜〜ん、どうしよう?秘密にしておきたいという崔さんの気持ちも理解出来るけど、私が適当な事を言って失敗したらマズイからなぁ〜。

「ちょっと、今すぐは答えられないんで、放課後に喫茶店で話しませんか?その時に、ウチの部長が作った酒井さんの資料も持ってきてもらえると助かります」

 そう言って、崔さんと放課後の約束をする。今回の調査依頼、岡と深山に全部やってもらったから、私は酒井さんの事をほとんど分からんしなぁ~。資料を見ながら二人で考えるしかないだろう。



 放課後、岡と深山には、用事があるからと言ってサッサと下校する。すると、丁度下駄箱を出た所で崔さんに出くわした。

「朋子ー、自転車後ロ乗ルヨー。早ク行クネー」

 そう言われたものの、崔さんの自転車ってMTBなんですけど?座るとこ無いし。って、よく見たら、後ろに二人乗り用のステップが付いていた。

「イヤ、崔さん、さすがにこの自転車で二人乗りするのは怖いんですけど」

 私はやんわりと辞退させて頂く。今、制服のスカートだし。でも崔さんは、

「グズグズシナイヨー。早ク行クネー!」

 と言って聞かない。そう言われてもなぁ〜。まぁ早く移動したいってのは私も同じなんだけど、コレ大丈夫なんか?

「それじゃあ後ろに乗りますけど、あまりスピード出さないで下さいよ?」

「ダイジョブネー。行クヨー!」

 私は崔さんの両肩に手を乗せて、ステップの上に立つ。何か怖いなぁ〜。本当に大丈夫なんだろうか?

 最初はそろそろと走り出したんだけど、徐々にスピードが上がってきている。イヤ、だからスピード出さないでって言ったのに!

「崔さん、スピード出さないで!もっとゆっくりお願い!」

「エー?大丈夫ダヨー?私イツモハモット早イネー」

 自転車はグングン加速して突っ走る。イヤ、コレ下手したら事故るんじゃないの?私は恐怖心で顔が引き攣る。それなのに、崔さんは呑気に鼻歌交じりで、ひたすらペダルを漕いじゃっている。

 崔さんの肩を掴んでいないと振り落とされそうだし、かと言ってスカートも気になるしで、全く心の安まる瞬間が無かった。とにかく早く、無事に目的地へ到着することだけ考えて必死でしがみついていたら、どうにか商店街の喫茶店『遊民』に辿り着く。

「朋子―、喫茶店ココデイイノー?」

 崔さんは平常運転、あっけらかんとした顔をしている。私はもう、フラフラですよ…。

「は…、はい、とりあえず中に入りましょうか…」

 何かフラフラするわ…。もう二度と自転車の二人乗りはやりたくない…。


 店内に入ると、幸いな事にお店は空いていて、私達は奥の目立たないテーブルに行く。岡と深山がここに来るって可能性もあるしなぁ〜。もしもの時に備えて言い訳も考えておかなきゃならんか。

「朋子―、ドウシタライイカナー?」

 崔さんは注文を終えると、早速鞄から岡が作った酒井さんの資料を取り出して私に聞いてきた。

「とりあえず、資料を見ながら考えましょうか。酒井さんの好みとか、何かヒントがある筈ですし」

 私も岡が作った酒井さんの資料はチラッと見てはいるけど、改めて細かいところまで読んでみる。

 バスケ部所属だし趣味もバスケの観戦だったりは予想通り。他には漫画を読んだりゲームで遊んだり、プラモを作ったりもするみたいだけど、まぁ普通の男の子なんじゃないかな。男友達も多いみたいで、ゲーセンやカラオケに行ったりもするそうだ。

「う〜〜ん…、趣味は色々あるみたいですけど、やっぱバスケに関するモノをプレゼントするのが無難じゃないですかねぇ?」

 私がそう言うと、崔さんがこう言った。

「バスケノ物―?ボール?シューズトカカナー?」

 あぁそうか、シューズなら喜んでもらえるんじゃないかな?幸い酒井さんの足のサイズも資料に書いてるし、部活でも使うだろうから喜んでくれそうだ。

 でも、良いバスケットシューズとかなると、結構値段が高そうだけど…。

「崔さん、ちなみにプレゼントの予算ってどれぐらいを考えてますか?」

 私がそう聞いたら崔さんは少し考えて、

「十万円?コレデ足リルカナー?」

 そう答えた。イヤイヤ、高校生が誕生日プレゼントに十万円も使うのはどうなんか?あんま高価な物をプレゼントされても、それはそれでリアクションに困りそうなんだけど。

「あ〜、え〜っと、崔さん?私達まだ高校生だし、誕生日プレゼントの予算が十万円ってのは無いと思うよ?好きな人へのプレゼントだからってのは分かるんだけどね」

 私がそう言うと、崔さんはキョトンとして、

「十万円ジャ足リナイカナー?モト高イ?」

 と言った。イヤイヤ、その逆なんですけど?

「そうじゃなくて、出しても一万以下で、奮発したとしても二万ぐらいじゃないですかね?イヤ、二万でも高いか?そもそも、今の時点での崔さんと酒井さんの関係にもよりますよ。ある程度仲良くなっている友達なら受け取ってもらえるかもしれませんが、そうじゃないのに高価なプレゼントを贈っても、酒井さんだって遠慮するんじゃないですかね?」

 そう言うと崔さんは、

「ソウナノー?ヨク分カラナイダカラー、ソウシタホガ良イナラソウスルヨー」

 と言った。ホント崔さん、素直に聞いてくれる事もあるんだけど、何か根本的にズレてる感じがする。

 お父さんが貿易商だって話だから、お家は大金持ちでお嬢様なんかな?有栖川さんみたいな。そう考えると、まぁ多少は納得出来るか。

「それじゃあ、プレゼントはバスケットシューズにしましょうかね。あ…、でも、酒井さんの好きなデザインとかは分からないか。う〜〜ん…、資料の写真で履いてるシューズのデザインを参考に、同じ感じのヤツを探すのが無難になるかなぁ?」

 そう提案すると、崔さんが

「酒井ノ好キナ選手ノ、シグニチャーモデル探スネ!多分ソレナラ喜ブヨ!」

 と言った。あぁなるほど、そういう選び方もあるか。

 すると崔さん、早速スマホで通販サイトを調べ始めた。私も画面を見せてもらうと、色んな選手のモデルが並んでいるんだけど、やはり全般的に高いなぁ〜。

「酒井さんの好きな選手だとコレになりますけど、やっぱりちょっと高いかなぁ〜。四万近くしますねぇ…」

 私がそう言うと崔さん、

「ヤパリ、オ金ハ気ニシナイクテイイヨ!大丈夫ネ!私ノ気持チ、分カリヤスク伝エルヨ!早ク注文シナイト誕生日ニ間ニ合ワナイネ!」

 と言って、何の迷いも無く注文手続きを終えてしまった。

 う〜ん、大丈夫なんか?まぁ、品物としては喜んでくれそうなチョイスだけど、酒井さんは遠慮したりしないだろうか?でも、崔さんのグイグイ押していく感じのアプローチなら、酒井さんも受け取ってくれる…かもしれない…かな?

「ま、まぁ、とりあえずプレゼントは決まりましたね。後はどう渡すかですが…、崔さん何か考えありますか?」

 そう聞くと、崔さんは特に深く考えていないのか、

「プレゼント渡ス、ソレダケヨ。何考エルノ?」

 と答えた。直球過ぎるな。

「イヤ、例えばプレゼントと一緒に手紙を渡すとか、その場で告白するとか、そういう事は考えてないですか?」

 その辺ノープランだと厳しいと思うんだけど。すると崔さん、自信ありげな顔をして、

「付キ合ッテ言ウネ!回リクドイ事シナイヨー」

 そう言って頬を赤らめた。



 数日後、崔さんが注文したバスケットシューズは無事に届いたそうだ。後は酒井さんの誕生日に渡すだけ…だったんだけど、ここで想定外のアクシデントが発生した。酒井さんが部活の練習中にケガをしてしまい、入院してしまったのだ。

 アキレス腱断裂で手術もしたそうなんだけど、しばらくは療養してリハビリもやって、部活に復帰するには早くて4カ月、長引くと半年程かかるらしい。入院期間は十日程度と短いけど、しばらくは何かと不便な生活になるだろう。

 2年生の今の時期に、部活に出られないのは辛いだろうなぁ〜…。岡と深山に聞いた話では、相当落ち込んでいるそうだ。

「朋子〜、ドシタラ良イカナ〜?酒井入院シチャタヨ〜…」

 突然のアクシデントに崔さんも動揺している。サプライズ計画が狂っちゃったからなぁ〜。無理もない。

「とりあえず、諜報部の方で入院先は調べてありますから、お見舞いに行ってみませんか?酒井さん相当落ち込んでいるみたいだから、慎重に、言葉を選んで接して下さいね」

 私がそう言うと、

「私行ッテ大丈夫カナ〜?マダ酒井トハホトント話テナイヨ〜…」

 なんて言っている。崔さん、随分と弱気になっちゃったなぁ〜。あのグイグイ押していく感じが消えちゃっている。

「入院しちゃった酒井さんは気の毒ですけど、仲良くなるチャンスじゃないですか?酒井さんに崔さんの存在をアピールするチャンスだと考えましょうよ」

 何か弱っている人に付け込むようで、正直言って気が引けるけど、崔さんの気持ちを伝えるにはチャンスじゃなかろうか。好きな人が入院した時にお見舞いに行くってのは定番な気がする。

「ウ〜ン…。ソレジャ私行ッテミヨカナ〜?朋子一緒ニ行ッテクレル?一人ダト心細イヨ〜」

 崔さん、緊張なのか不安なのか、そんな事を口走る。

「そうですね…、私で良ければご一緒しますよ。お見舞いだから花束も用意した方がいいですね。ちゃんと、お花屋さんで買ってきて下さいよ?」

 私がそう言うと、崔さんは大きく頷いた。


 崔さんとは、酒井さんが入院している病院前で待ち合わせた。しかし、約束の時間になったんだけど、崔さんはまだ現れない。どうしたんだろう?と思い、LINEでメッセージを送ろうとした所でようやく来てくれた。

「朋子―、ゴメンネー。遅クナチャタヨー」

 両手で抱える程に大きな鉢植えを持って、崔さんは現れた。制服姿以外を見るのは初めてだけど、かなり可愛い感じでまとまっているな…って、イヤイヤ、何で鉢植え?しかもそれ、シクラメンじゃん!?

「ちょ、ちょっと崔さん、そのお花はマズいですよ!」

 そう言うと崔さん、キョトンとして、

「オ花屋サンデ、キレイダタカラー、コレ買ッタヨー。何マズイ?」

 崔さん、お花のチョイスを完全に間違っています…。

「あのね、崔さん。シクラメンは『死』と『苦』に繋がるから、お見舞いには使わないの。そして鉢植えも『根が付く』で『寝付く』になるからダメなの」

 しくじったか…、お花屋さんに一緒に行くべきだった…。崔さん、フリーズしちゃったし。

 そして崔さん、我に帰って、

「オゥ、朋子ドウシヨ?ドウシヨ?コレオ見舞イ使エナイ!?困ッタヨー!?」

 崔さんはオロオロして、鉢植えを抱えたまま右往左往している。イヤコレ、マジでどうしよう?

「とりあえず崔さん、落ち着いて!私が買ってきたフルーツがあるから、コレを崔さんが持ってきた事にしましょう。その鉢植えは…、病室には持って行けないから、あぁ、ここの植え込みに置いて行きましょう」

 せっかく買ってきてくれたんだけど、コレは流石に病院内に持ち込むのは憚られる。ここに置いて行くしかないよなぁ〜。

 入り口脇の植え込みに置いてみると、やはりシクラメンだけが浮いている。病院に来た人が変に思わなければいいんだけど…。


 酒井さんの病室は、六人入る大部屋だった。他の人が何の病気で入院しているのか分からんけど、年齢層はバラバラな感じ。

 幸いな事に、他のお見舞い客はいなかったので、私達は酒井さんのベッドへ直行する。

「あれ?崔さん、お見舞いに来てくれたの?そっちの人は崔さんの友達?」

 酒井さんは少しビックリした風な顔をしたけど、普通に私達を迎え入れてくれた。先ずは第一関門突破出来たか。

「…酒井、大丈夫カー?入院シタ聞イテ、ビクリシチャタヨー。今日ハ友達トオ見舞イ来タネー。コレ、オ見舞イノフルーツヨ。食ベテ元気ニナルネー」

 崔さんはそう言って、私が用意したフルーツを酒井さんに渡す。ちょっと奮発して良いヤツを買っておいて良かった。領収書はもらっているので、後で岡に必要経費として請求してやろう。

「そっか〜、ありがとう。嬉しいよ、来てくれて。今迄男しかお見舞いに来てくれなかったから、女子が来るのは崔さん達が初めてだよ。まぁ、後1週間程度で退院するんだけどね」

 酒井さんはそう言って、照れたような笑みを浮かべた。これは…、悪くない反応じゃなかろうか?崔さんに対して、酒井さんは好意的に見てくれていると思う。崔さんのプッシュ次第で、十分付き合える可能性があるんじゃなかろうか?

「ホトシタヨー。テモ、アキレス腱切レタ、回復時間カカルネ?バスケット出来ナイ?私心配ダヨー」

 あらら、崔さんイキナリ核心に踏み込んじゃうの!?そこは酒井さん自身が一番気にしている所だと思うんだけど…。

 第三者である私の方がドキドキしちゃったんだけど、酒井さんは極めて落ち着き払って、

「うん、治るまで長くて半年はかかるってお医者さんから言われた。でもこれは仕方がないよ。焦って無理しても良くならないから、時間はかかってもちゃんとリハビリ迄やって完全に治した方が良い、って言われたしね。しばらくは部活も見学するしかないかな〜」

 そう答えた。岡と深山の話では相当落ち込んでいるって聞いていたけど、時間が経って心の整理がついたんかな?その方が都合良いのは確かだけど、ちょっと拍子抜けした。

「酒井、落チ込ンデナイ?ソレナラ良カタヨー」

 崔さんがそう言って、安堵の溜息を吐く。私もホッとした。


 しばらく三人で雑談して、ある程度は打ち解けた関係になれたと思う。

 途中、崔さんが酒井さんにリンゴを食べてもらおうと皮を剥き始めたら、ゴッソリ実を削ってしまい、殆ど芯だけになっちゃったんだけど、それでも酒井さんは笑いながら食べてくれた。これは、結構脈アリなんじゃなかろうか?

「ソレジャ、マタ来ルヨー。酒井、大人シク寝ルネー」

 私達は病室を後にする。酒井さんは笑顔で見送ってくれた。


 病院内を歩きながら、崔さんと話をする。

「今日話した感じだと、大分酒井さんと仲良くなれたんじゃないですか?」

 私がそう言うと、崔さんは

「朋子ノオ陰ネー。私一人ダタラ緊張シテ上手ク話セナカタヨー。本当ニアリガトネー」

 と言った。私は大した事やってないんだけどなぁ〜。最初は崔さん、控え目な話し方だったけど、徐々にいつもの調子を取り戻した感じだった。

「明日モ明後日モ、毎日オ見舞イスルネー。ソシテ酒井ノ誕生日ニ、プレゼント渡スヨー。頑張ッテ早ク良クナレ言ウネー」

 そう言って崔さんは、ほんのり頬を染めた。

 今日三人で話して分かったけど、最初は危うい感じもあったものの、多分私がいなくても大丈夫なんじゃなかろうか。崔さんが酒井さんの事を想っているのは、私の目から見ても十分伝わって来たし、酒井さんのリアクションもどちらかと言うと好意的に見えた。

 崔さんって、裏表が無い性格なんだと思う。思っている事をストレートに言っちゃうし、すぐ行動に移しちゃう。

 見た目は普通に可愛い女の子なんだけど、サバサバしていると言うか、男の子みたいに思い切りの良い所があるように思う。ここ最近崔さんと行動を共にして、その辺をよく実感した。

 酒井さんがその辺をどう見てくれるか分からんけど、今日話した感じでは少なくとも悪くは思われていないだろうし、友達以上になれる可能性は十分あると思う。

「崔さん、頑張って下さいね。きっと上手くいくと思いますよ」

 病院を出ると、さっき私達が置いていったシクラメンの鉢植えを囲んでいる人達がいた。皆怪訝な表情で何か言っているみたいだったけど、私達は知らんぷりしてそのまま帰る。二人でそのまま歩き、十分離れた所でお互いの顔を見合わせ、そして大笑いした。




 後日、崔さんから聞いた話では、酒井さんに誕生日プレゼントを渡す時、直接的な告白はしなかったそうだ。何で?とは思ったけど、崔さんとしては当面、仲の良い友達関係になれただけでも構わないらしい。

 やはり、酒井さんの現状を考えると、ゴリゴリに押していくのは気が引けるのだろう。それでも隙あらば大好きアピールはやっているらしく、酒井さんの通院やリハビリに付き添ったり、学校内でも何かとお世話をしているそうだ。

 今は新しいプランとして、酒井さんがリハビリを終えて部活に復帰するタイミングで、改めて交際を申し込むつもりなんだとか。きっと上手くいくんじゃないのだろうか。


 放課後の視聴覚室、岡と深山に今回私が崔さんと何をやっていたのかを説明した。諜報部として引き受けた依頼以上の事を、私が独断でやっちゃったからなぁ〜。

 でも岡はいつもの調子で、

「まぁ、アフターサービスって事で良いんじゃない?今は他に受けている依頼も無かったから、手が空いていた訳だしね」

 なんて言っとる。続けて深山も、

「城ヶ崎さんのそういう性格は良いと思うよ。特に今回の依頼、崔さんには情報提供だけだと足りてない部分があっただろうし。実は俺達も裏でフォローしていたんだよ」

 と言った。どういう事だ?

「それってもしかして…、酒井さんのお見舞いに行きましたか?」

 そう聞くと岡が、

「あぁ、行ったよ。入院直後にね。酒井のヤツ大分落ち込んでいたから、少しでも前向きになれるよう、色々話をして来たんだよ。他にも、なるべく女子はお見舞いに行かないように根回しもしておいた。城ヶ崎さんが崔さんと一緒に行動していたのは分かっていたから、こっちもそれ前提に動いたって訳」

 そう答えた。やはりこの二人は抜け目無いな。

 すると深山が、

「城ヶ崎さんもお疲れ様。お見舞いのフルーツ代は必要経費って事にしてあげるよ。お釣りはいいからコレ、取っておいて」

 そう言って一万円渡された。え!?私が買ったのは三千円程度のヤツなんですけど!?ちゃんと領収書も渡したんだけどなぁ~?

「イヤ、これじゃお釣りの方が大きいじゃないですか。良いんですか?貰っちゃって」

 いくらなんでも、一万円も貰うのは気が引ける。だけど深山も岡も全然気にしてない様子で、

「まぁまぁ、フルーツ代以外にも今回城ヶ崎さん、一人で色々頑張ってくれたみたいだからさ。お駄賃だと思って取っておいてよ」

 なんて岡に言われた。何かこの二人も高校生なのに金銭感覚おかしいよなぁ~。まぁ、岡の家は由緒ある呉服屋で、深山の家も会社経営している大金持ちだし、私ら庶民とは違うんだろうけどさぁ。何か崔さんや有栖川さんに通じるモノを感じてしまう。

「じゃぁ、有り難く受け取っておきます。けど、別に貸し借り無しですからね?」

 これから先、また何か諜報部の活動でお金を使う必要が出るかもしれないからなぁ~。その時の為に、無駄使いしないで手元に残しておこう。


 それにしても、崔さんとの一連の出来事はビックリの連続だったなぁ~。出身国が違うだけが原因じゃないだろう。アレはきっと、崔さんの個性なんだろうな。本当に憎めない、とても愛らしい人だった。

 ふと、病院前で置き去りにしたシクラメンの事を思い出した。アレ、あの後どうなったんだろう?さすがにあのまま、植え込みに置きっ放しにはならんだろうけど、病院の人も扱いに困ったんじゃなかろうか。そう考えたら、ちょっと思い出し笑いしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私立東郷学園諜報部 ひま☆やん @himayan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ